Day16「半分の記憶」/無月

 さっきまで輝いていた満月を雲が隠したときのように、私の世界に闇が差した。

 一発の銃声が聞こえた次の瞬間には――後ろにいたはずの由真は、もうそこにはいなかった。

「由真!」

 本当に一瞬だった。

 その一瞬で、私は由真のことを見失ってしまったのだ。第四区画の雑踏の中、人で溢れているはずの場所なのに、さっきの銃声は誰にも聞こえていないように人の波が過ぎ去っていく。私はそれに逆らって走り続けた。

「由真!」

 早く見つけなければ。手遅れになってしまう前に。由真が壊されてしまう前に、その手を無理にでも掴まなければならない。けれどどこに行ったのか皆目見当もつかなかった。この世界スキュラの中枢があるという、第零地区に連れ去られたのか。でもそこにいく方法を誰も知らない。けれど由真が連れ去られたなら、そこに綻びが生まれて、私も入り込めるかもしれない。いや、そんなことはどうだっていい。私は決して離してはいけない手を離してしまった。それだけだ。

 人の波に逆らって彷徨い続ける。どこかに痕跡は残ってはいないか。由真が応えてはくれないか。微かな望みを懸けてその名前を呼び続ける。

「っ……痛っ!」

「ちゃんと前見て歩けよ!」

 ぶつかってしまった人に怒鳴られて、泣きそうになりながらも闇雲に探し続ける。ハル姉の知り合いが多い路地に入ると同時に端末を開いた。この中には由真の写真が何枚か入っている。それを見せたら、もしかしたら目撃者が出てくるかもしれない。

「寧々ちゃん? どうしたそんな血相変えて」

 ハル姉がよく行く居酒屋のおじさんだ。由真のことも何度か見たことがあるはずだ。

「由真を探してるんです!」

「由真? 誰だっけそれ」

「えっと、写真が……」

 どうして。

 昨日までは確実にあったはずなのに。そもそも昨日こっそり撮影して、由真に消してよって言われて、消したフリをして残した写真だってあるはずなのに。どうしてそれが一枚もないのだろう。

 まるで、柊由真なんてこの世界には存在しなかったように。

「寧々ちゃん!? どうしたんだい、本当に」

「髪が短くて、背は私より少し高いくらいで、痩せ型で、顔は――」

 さっきまで一緒にいたはずの彼女の顔が、何故思い出せないのか。こうしている間にも、自分の頭の中から砂が落ちていくように、由真の記憶が消えていく。月が隠された夜のように、何もかもが闇に沈んでいく。

「駄目、このままじゃ……このままじゃ、全部無かったことにされちゃう……!」

 私はまたあてもなく走り出した。私の中からも全部消えてしまう前に、由真を見つけなければ。無かったことになんてされたくない。由真は確かにここにいたのだ。もうその声も、笑顔も、キスの感触も思い出せないけれど。

「どこにいるのよ、由真……」

 雨が降り始める。月のない空から大粒の雫が降り注いで、それは由真がいた微かな痕跡さえも掻き消そうとしているように思えた。

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