Day11「ここにない足跡」/栞

 挟んでいたはずの栞がどこかに行ってしまった本のように、私の歩いた足跡は掻き消されてしまった。でも、波がさらわなくたって、この世界での私の足跡は幻なのだ。強く砂を踏みつけても、それは何もかもが作り物。でも、こんな世界に彼女は抗った。全てを知った後でも生きようとした。

「……由真」

 この世界は何もかもが偽物だから、跡形もなく全てが消えてしまう。由真がいなくなってしまった世界は今日も何事もなかったように回っている。それは旧世界でも同じだったと言われたけれど、この世界は足跡を攫っていく波の力がより強く作用している。

 でも、私の中には今でも彼女の姿が焼きついている。世界にさえ消しきれなかったものは、きっとこれからも一つの染みエラーのように残っていくのだろう。栞を挟み忘れた本も、閉じたページを覚えていれば、またそこから読み直せるように。

 由真は自分の運命を知ってからも前を向いて生き続けた。無駄だと何度退けられても、ボロボロになっても闘い続けた。今は少しは休めているだろうか。自分を着飾ることなく、無理もすることなく、自然体でいられる場所にいるだろうか。

 波の音を聞きながら砂浜を歩き続けていると、波に濡れて黒くなった砂の上に透明な石が落ちているのが見えた。六角柱の水晶のような形をしていて、地面に虹色の影を落としている。私はそれを拾い上げて太陽に翳した。

 透明で、きらきらしていて、でも壊れてしまいそうで、それなのに強い虹色の光を放つ。それは私にとって由真そのものに見えた。私は由真に出会って沢山のことを知った。愛なんて綺麗なだけではなくて、その裏側にある醜くて、切実な感情も、不要だと言われた何もかもが私には大切なものだった。

 太陽を目指した由真が逆光の中で私に笑いかける。梨杏、と私を呼ぶ、少し低くて甘えた声。由真はいつも前に進んでいってしまう。過去の足跡を消されたとしても、現在どこに向かいたいかだけを考えていたような気がする。

 私もそんな風に生きられるだろうか。

 いや、そんな風に生きて行きたいんだ。

 足を前に出すために砂を強く踏み締める。そこに挟んだ栞がいつか消えてしまっても、読んだ場所を私が覚えていれば、いつかその本を読み終えることはできるだろう。

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