Day9「夕陽1/3」type-B/一つ星

 こういうときは話しかけないほうがいいんだろうか。屋上に通じる扉に身を隠して、屋上のフェンスに寄りかかる由真を横目で見る。落ち込んでいるのだろうか。たまたまそういう気分なだけだろうか。由真の頬を涙が伝っていくのが見えて、心臓を握り締められたような気分になった。

 由真はこの世界の本当の姿をハル姉に教えられた。それ以来悩んでいるように見えるのが気にかかった。あんなことを聞かされて悩まない人なんていないだろうけど、由真は悩んでも自分一人でどうにかしようとしてしまいそうだから余計に心配になる。けれど同時に、夕陽を見つめる由真の姿を綺麗だと思った。まるで一枚の絵のような。

 この世界スキュラを作った存在は、どうして由真を生み出したのだろう。こんなに綺麗で、とても優しくて、強いようで脆いのに、折れずに立ち続ける。逆光で浮かび上がる由真のかたち。これが本当は全部幻だなんて、私自身すら本当はどこにも存在しないだなんて、信じたくはなかった。由真は暗くなり始めた空に浮かび始めた一つ星。私にはそう見えるのだから。

「――由真」

 一歩踏み出して、影になった由真に声をかける。由真は一瞬目を細めてから、ゆっくりと振り返った。

「寧々。もう帰ったのかと思ってた」

「……一緒に帰ろうよ、由真」

 もしかしたら一人になりたいのかもしれないけれど、一人と一人で、二人でいたって一人でいる方法だってある。何よりも私が由真の傍にいたかった。由真は少し驚いたような顔をしてから、柔らかく笑う。

「じゃあついでにたこ焼き食べに行こうよ。お腹空いちゃった」

「えー、由真ってたこ焼きのタコだけ食べようとするじゃん。焼きの部分いらないじゃん」

「でも寧々は焼きの部分好きじゃん」

 夕陽を見ながら泣いていたと思えば、次にはこんなに明るく笑う。ひとところに定まらない由真の感情。けれどそのどれもにきっと嘘はないのだと思う。たとえ私たちの存在そのものが、作られた偽物でしかなくても。

 太陽が沈んで、夜が近付いて来る。残り三分の一が沈む前に、空に輝く一つ星に照らされながら二人で帰ろう。

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