Day7「夕陽1/3」type-A/秋は夕暮れ

 秋は日が暮れ始めるのが早い。最後のチャイムが鳴り終わった頃には、空は真っ赤に染まっていた。私は階段を昇って校舎の屋上に出た。

 この世界スキュラの空は本物の空ではない、と寧々とハルさんから教えられた。そもそもこの世界自体が人工知能が作り出した仮想現実で、かといって旧世界カリュブディスに私たちの本当の肉体からだが存在するわけでもない。私たち人間はこの世界スキュラという膨大なデータを構成する一要素に過ぎないらしい。私が知らないこの世界の秘密は他にもあるのだろう。もしかしたら何もかもが偽りなのかもしれない。最近そんなことを考えてしまう。

 この世界と自分自身があっていないような、上手く噛み合っていないような感覚がずっとあった。でも別の世界に本当の私がいるわけではなくて、私はここにしかいなくて、けれどそれは実在するわけではないただの仮想現実。そんな世界なら確かに怪我なんてするはずがない。プログラムされた痛みだけが与えられるけれど、傷つくべき体が存在しないのだから。

 そしてこの世界スキュラは、この世界を作った人工知能によって近々廃棄される予定なのだという。この世界で人工知能がやろうとしていたことは実現できないという結論が出たから、世界ごと終わらせるつもりなのだという。私たちの預かり知らないところで、私たちの未来は簡単に壊されようとしている。ハルさんと寧々はそれを止めるために数年前から動き続けているらしい。この世界を作った人工知能スキュラを壊して、その制御を奪い取る。けれど私はまだどうするか決めあぐねていた。そんなことをしたところで、ということに変わりはないのだ。

 錆びた匂いがするフェンスに手をかけて、向こう側の景色を眺める。この辺りで一番高い建物がこの学校だから、海の方を見れば沈み始めた夕陽まで遮るものはない。

 夕方になると空は赤く染まる。秋は夕暮れが早く訪れて、季節が移ろいゆくことを知らせてくれる。けれどその全てが作られたものだとしたら? 私の見る景色のどこに本物が存在するのだろう。綺麗な景色だと思うけれど、それだけだ。何を信じればいいのかもうわからなくなっている。

 こんなときは一人になって、ただぼんやりとしている。それだって本当は推奨されてはいない。私たちはこの世界を作った存在スキュラに全てを管理されているのだ。全ては達成不可能と結論づけられた目的のために。私の手首につけた腕時計型の端末セイレーンは、既に不自然にならない程度に改竄したデータを中枢スキュラに送信するようになっているけれど、それだって言ってみれば嘘だ。私の周りは現実ではないものと、嘘ばかりでできていて、それは一人になってみたところで変わらない。

 それでも、夕陽まで遮るものがないこの景色を見て、何故か込み上げてくるものは嘘じゃないと思っていたい。ここに在るものすら全て存在しないなら、どうしてこんなに苦しくなるのだろう。

 昼間の太陽は明るすぎて、見たくないものまで照らしてしまうのに、全てを紅に染める夕陽はどうしてこんなに綺麗なのだろう。景色は少しずつ夜の色を滲ませるけれど、私は太陽が完全に沈むまでずっと、その場から動けずにいた。

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