Day5「少女には戻れない」/チェス

「あの子はチェスとかしないの?」

「うーん、聞いたことない。でも何か苦手そうじゃない?」

「駆け引きは出来ないタイプか」

 寧々は微笑みながら黒の僧侶ビショップを動かした。桜貝のように繊細に色付いた指先が私を追い詰めていく。私がチェスを教えたばかりの頃は、寧々は私に全く勝てなかったのに。いつのまにか強くなった彼女に不意に心臓を掴まれる。

 寧々には最近好きな人が出来た。刃のような鋭さと、痛みさえ感じる優しさが同居する不思議な少女。少年のようでもあり、それでも紛れもなく少女で、大人びているけれど子供で、悪魔のようでもあり、天使のようでもある。まだ定まっていないからこその美しさと、確かな芯を覗かせる柊由真という少女に惹かれる気持ちはわかる。けれど寧々は私の気持ちには気がついていない。

 参ったな、と私は呟いた。チェスも手詰まりが近いし、この感情もどうにもならない。少女のように好きの気持ちが疼く心臓を持て余してしまっている。駆け引きばかりの恋愛を重ねた私がこんな感情を抱くようになるとは思わなかった。

「チェックメイトだよ、ハル姉」

「強くなったな、寧々」

「ハル姉に鍛えられたからね」

 寧々の頭の回転の速さは、これから柊由真を補うものとして機能していくのだろう。そんなことばかり考えてしまう。戦略だとか、計画だとか、今はそんなことを忘れようと思っていたのに。

 駆け引きが得意なつもりだった。それで第四区画を陰で動かせるようになったと自負していた。それなのにこの為体は何だ。世の中には戦略ではどうにもならないことがあるというのか。この欺瞞に満ちた、作られた世界スキュラの中でさえも?

「もう一回やろうよ、ハル姉」

「いいよ」

 寧々は私を追い抜いて生きていくのだろう。柊由真と結ばれるかどうかはわからないけれど、私が置いて行かれるのは間違いない。それが成長ということなのだろうし、本当は喜ばしいことなのだ。

 もう真っ直ぐな恋は出来そうもない。それならせめて、最後まで私は寧々のことを見守っていよう。

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