Day4「カレイドスコープ」/琴

 寧々の表情が、最近明るくなったような気がする。ずっと傍にいたはずなのに気が付かなかった、彼女の小さくて大きな変化。夢見る視線は誰に向いているのだろう。寧々はこの第四区画の掃き溜めのような場所に咲いた一輪の花だった。けれど花は遠くの誰かを見つめて、今までよりも美しく咲いている。鮮やかで美しい花。きっと寧々は恋をしているのだ。

「誰かを待ってるのか?」

「んー……もうすぐ来るはずだよ。ハル姉に会わせたくて、早めに来てねって言ったから」

「寧々がそんなこと言うの初めてだな」

 それがきっと寧々の好きな人なのだろう。どんな奴なのか。

「あ、来た来た。由真、こっちこっち!」

 寧々に手招きされてやってきたのは、少年と少女の間を漂っているような人だった。短い髪と華奢な身体。少年のように見えるが、僅かに丸みを帯びた体は少女のものだ。けれど何よりも異質なのはその目だ。睨まれているわけでもないのに、その瞳がこちらを見ているだけで、彼女の世界に引き摺り込まれそうになる。

 ああ、この目が寧々の琴線に触れたのだ。私は思わず禁止された煙草に手を伸ばしていた。

「――柊由真です。よろしくお願いします」

 意外に礼儀正しい。けれどその目に気圧されてしまって、反応が僅かに遅れた。

「私はハル。わけあって寧々の姉代わりをしていて……寧々はどこまで話したのかな?」

「ハル姉が世界スキュラを壊そうとしてるってとこまで。あと旧世界カリュブディスの動画を流したのがハル姉だってことも」

「大事なことをペラペラ喋ってくれるね……まあいいや、寧々が君を信じたなら、私も君を信じよう」

 私たちの秘密の目的まで喋ってしまうとは、これは本格的に重症だ。恋の病だ。恋ができるほど寧々が大人になった喜びと、寧々が私の手を離れる日も近いという寂しさが一度に襲ってくる。

「……旧世界カリュブディスの映像、どうして流したんですか?」

「由真はあのときあれを見てたんだよ。それで――」

 私はおしゃべりな寧々を片手で制した。寧々がこの由真という少女を気に入っていることはよくわかった。でも寧々の瞳の中に万華鏡のように煌めく光を見るのが少しだけつらかった。

「柊由真。君は――あれをどう思った?」

「どうって言われると難しいけど……綺麗だなって、思いました」

 私が手に入れた旧世界の映像の中でも、この世界の人間はなかなか受け入れられないものを流したはずだ。けれどそれは彼女の琴線に触れた。言葉がうまく出てこないのか言い終わった後も悩んでいるところは年相応に見える。

「君はどうなりたい?」

「私は――正直に生きたい。あの映像の子みたいに」

 寧々は私の妹だったのた、とその言葉を聞いた瞬間に思った。私は旧世界の、ノイズだらけの映像の中にいた少女に惹かれた。少女の雄弁な瞳が私を惹きつけた。映像を撮る人に向ける甘えたような視線。遠くを見つめる意志を持った目。優しく導くような眼差し。それが私を動かした。柊由真の目には、確かにあの映像の少女と同じものが宿っているように見えた。寧々が惹かれるのも突然かもしれない。認めてしまうのは、少し悔しいけれど。

「正直に生きるのは、旧世界でもこの世界でも難しいことだよ。でも、私たちはそんな君を歓迎するよ」

 由真に手を差し出すと、寧々が嬉しそうに笑った。揺らめいてすぐに表情を変える、大輪の花のような瞳の万華鏡。それが何よりも愛おしいと、少しの寂しさには目を瞑り、由真の華奢な手を握った。

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