Day2「渋谷からPARCOが消えた日」/吐息

「行くの、由真?」

 由真は制服のボタンを留めながら立ち上がる。最近由真は学校帰りに第四区画に行く。でもそこは摂理スキュラに逆らっている人たちの溜まり場にもなっていて、そこに行くだけで目をつけられるような場所になっていた。

「気を付けてね。最近取り締まり厳しいらしいから」

「……或果アルカは、私が捕まったらどうする?」

「捕まるようなことするの?」

 由真は最近大人に目をつけられているけれど、決して悪い子ではない。とても優しいからこそ傷つきやすくて、でも人に弱ったところを見せられずに強がってしまう、そんな子だ。

 由真はあの日――第三区画で起きた事件に巻き込まれてから、少し変わった気がする。それまでは誰かの後ろで息を潜めて日々をやり過ごしていたのに、最近は積極的に動くようになってきた。梨杏はそれによって由真が傷つくことを懸念しているけれど、私は今の由真の方が好きだ。眠っていた由真の自我が目覚めて、抜き身の刃のような鋭さで世界と対峙している。その姿は凄絶で、そしてとても綺麗だ。

「わかんない。でも……私は私に正直でいたい」

 由真のその姿勢を痛いと揶揄する人は多いだろう。大人になれば馬鹿馬鹿しいことをしたとわかるだろう、なんて賢しら顔で語る人もいるだろう。でも由真の今、この瞬間の輝きに私は目を奪われてしまっている。

 去っていく由真の制服には少しだけシワがあった。体に傷はできないのに、そんな痕跡は残ってしまうのだ。私は自分の制服を直しながら息を吐き出した。由真がこの体に触れた感覚が残っている。隠れてこんなことをしているのに、相手は私だけではないのに、由真はずっと綺麗なままだ。

 白は全てを拒絶するから白くいられるんだよ――そう言ったのは誰だっただろう。この世界スキュラも由真も白いものに見えるのに、由真の方が美しく感じるのは何故だろうか。

 由真の白さに私は酔わされている。第四区画で彼女が何をしていても、彼女のそばにいることが崖に手を繋いだまま立っているような行為だとしても、熱を持った吐息が治まることはないのだろう。

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