第4話


 自分の死を悟ると、人は過去を振り返るというか…、昔の事を思い出すとか、そんな事を言うけど、何故だろう…その瞬間の僕は、度々夢に見る自分ではない誰かを見た夢を思い出した。

 ガシャンと何かが壊れる音…、今まで聞いた事のないような音が耳へと届く…。

 でも…、届いたのは、その音だけで、自分の体には何の異常も襲ってこなかった。

 気づかない内に瞑ってしまっていた目を開く…。

 自分の手は、変わらず地面に手を突いて体を支えている…、体は重く動かせる気がしないけど、それでも、さっきまでと変わらず、自分の体は横断歩道にあった。

 でもその目に映るモノは全てがおかしい…。

 白黒だ。

 やっぱり自分は車に轢かれて、体どころか頭がどうにかなってしまったのかとも思えたその時…、聞き慣れた声が…、耳へと届く。


「絶対にさせないから…」


 愛佳姉ちゃんの声だった。


「あなたの好き勝手にはさせないからッ!」


 誰かと話をしているのか、その言葉は誰かへと投げかけていた。

 体の自由のほとんどが利かない中で、声のした方へと、何とか…視線を…顔を…首を向ける。

 まるで寝違えた首を、その方向へと曲げているような痛みが走る中、白黒に染まった世界で、制服姿で白黒じゃない愛佳姉ちゃんは立っていた。

 それだけじゃない。

 状況を頭が処理しきれないけど、今、この瞬間の世界は、まるで時間が止まっている様だった…、いや、実際に止まっているんだと思う。

 何故だかわからないけど、宙に跳び上がっている軽トラックが、地面に落ちる事無く、そこに留まるなんて、普通に考えてありえない事だから…。

 ない事…なんて言い始めたら、この状態…この状況全てがあり得ない事だけど…、身動きできない中で、視界に映るモノを必死に見て行く。

 宙の軽トラックも問題だけど、それ以外の車も走行せずに止まり、歩いている人は一歩前に出るために上げた足を下ろす事なく、その場で動かずにいる。

 一時期話題になったフラッシュモブ?だったとしても笑えない冗談だし、妄想なら、僕が動けない理由にならない…。

 それにこの白黒に見えるのは…。

 奇想天外な事が起きているのは確実で…、僕自身、自分が許容できる出来事をオーバーしてるのか、この状況の中心にだと思う場所に身を置いているのに、逆に冷静でいられてる。


【世界を1つ救うのに、1人の犠牲で済むのなら安いモノだ】


 あ…でもこの状況で頭に直接言葉を流し込んでくるのはやめて、冷静になってるせいで、その理解できない現象を飲み込めないから…。


「それで、それをあと何回続けるの? 1回? 2回? 3回? 結局あなた達は、そうやってそれっぽい理由を並べて、あの人を利用するだけ、使うだけ使って、その世界で不要となれば切り捨てる…。この前も…その前も…そのまた前も…」

【何度も言わせるな…、その程度の犠牲で世界が救えるのなら安いモノだと言っている…。それ程までに貴重なのだ。「勇者」という特性を刻む魂魄は】

「わからない。だから何? 所詮は力を得ただけの人間ね…。自分にはできないから、出来る奴を使って解決? 良いご身分じゃない? 結局はただの臆病者のくせに…ねぇ? 「神様」?」


 か…神様?

 いったい何を言ってるんですか、愛佳姉ちゃん?

 情報過多に、いよいよ限界が来たのか…、それとも頭に流れ込んでくる誰かもわからない…男なのか女なのかもわからない声の影響なのか…、頭痛がしてきた。

 まだまだ寒い気温の中で、汗すら掻き始める。


【そもそも君は誰だね? この世界は魂の休息地…、力ある者がいない訳ではないが、我々に対抗しうる力を持つなどあり得ない】

「覚えてないの? 結局あなた達が求めるのあの人って事? でも…その人すら道具としか思っていないんだから、私は所詮道具の付属品、あってもなくてもいいって事かな…」


 悲しみか…それとも怒りか…、何かの感情が強く出たらしく…、愛佳姉ちゃんの声が震えた。

 今の僕じゃ、その後ろ姿を何とか視界の端に見る事ができるぐらい、見えてるようで見えてない…、でも…、普段聞かないその姉ちゃんの声に、居てもたってもいられなかった。


【我々にとって、今一番大事な事は、世界救済のために彼の魂魄を連れていく事、それ以外の事は些事に過ぎない。思い出す必要もなかろう。名乗る気が無いのなら、そのまま君も殺そう。彼の知り合いらしいからね、その魂魄も同じ場所に送ってあげるよ。そうすれば君も本望だろう】


 殺そう…?

 殺すって事?

 ダメだ…ダメだダメだ…。

 姉ちゃん、愛佳姉ちゃんッ。

 声が出ない…、口を開く事さえ、ろくにできない。

 でも、それでも理解できない事が起きてても、このままじゃだめだって事はわかる。

 ちがう…分かるんじゃない…、これは僕の願いだ…、ダメだよ…姉ちゃん…。

「何もわかってない…。彼と一緒に居たいのは大前提…。私はそうあるモノとして魂魄に運命(さだめ)を刻まれているけど、その思いは…気持ちは私自身の欲望。頭は良くても大馬鹿な連中…、一緒に居たいって欲望は望みであっても、願いじゃない。そして、あなた達大馬鹿モノ達じゃ、私の願いは叶えられないッ!」


【そうか…、では…、ただ滅びろ。その魂魄の導きに従い輪廻転生の輪の1つに戻って、来世に希望を抱きながら死ぬがいい】


 宙に浮いていた軽トラックが…、走行中であったであろう車が…、宙を舞い、まるでソレが意思を持っているかのように、愛佳姉ちゃんの方へと突っ込んでいく。

 危ないッ…。

 結果を見るまでもない…、そのいくつもの車の体当たりを受ける事…その結末を想像できない訳ない。

 でも僕は姉ちゃんから目が離せなかった…、その結果を見るのが怖い…、でもそれ以上にその後ろ姿を見ているとすごく安心できた…、何より、その髪が、僕の目を引き付けて止まなかった。

 三つ編みのおさげだった髪は、その髪留めが無くなり、まとめられていた髪が解けていく。

 綺麗な黒髪は、風も吹かないのになびいて、その黒は晴天の青空を取り込んだかのような青色へと変わる。

 そして、青へと変わった髪は、蛍のような優しい光を放った。

 見ているだけで落ち着く青…、頭の中でノイズのようなモノが走り、その髪には既視感を覚える。


「覚えていないなら思い出させてあげる。いつも、どこでも、誰が一番あの人を想い続けてきたか…」


 髪が光を放つと同時に、両サイドの耳の上付近に光が集まると、それは前へと伸び、2本の光の角へと姿を変える。


 そして、自分へと迫る車の数々を、素手で、叩き落としていった。



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