第6話   ありがたくない現実 (2)

 車寄せから玄関を通り、二人は奥の一室に通された。重厚なつくりの応接セットとじゅうたんが敷いてある、いかにもな部屋に一馬が鼻を鳴らす。この叔父は虚仮脅こけおどかしの類をひどく嫌う。その基準から行くと、ここは機嫌を最低に持っていく程のランクにあるようだ。


 達哉にしてみれば座り心地の良い椅子だな、くらいの軽い感想だったのだが。


 二人が椅子に落ち着いてから間もなく奥の扉が開き、車いすに乗った人物が現れた。

 椅子を押しているのは二人を案内してきた男性だ。そのまま二人の対面の位置へと車いすを動かして固定すると、一礼して壁際に下がる。


(すげぇ威圧感…)


 部屋に入ってきた時から、達哉はプレッシャーを感じていた。高齢であることは間違いないが、それを補って余りある覇気をその人物は放っていた。老人特有の枯れた要素が何一つ感じられず、老獪な雰囲気を持っている。達哉ののどが小さく鳴った。


「初めまして、かの。知っているかもしれんが、一応言っておこう。儂は安西三善左衛門だ」

 薄々予想はしていたが、安西コーポレーションの創立者本人と知った今、その体から放たれる威圧感は相当のものだった。


 だというのに。

「ありがとうございます。では僕も。桐生一馬と申します。こっちは僕の甥にあたる桐生達哉です。ご存じだとは思いますがね」


 一馬は飄々とした態度を崩さない。この人が弱気を見せるのは蛍子さんの前だけだよな、と、ろくでもないことを思い出している達哉の横で攻防は続く。


「ほう。……義理堅いの」

「いえいえ、お招きに預かったからには一応礼儀を通さねば。なかなか斬新な招待でしたし」

「ふむ。うちの者が失礼な真似をしたかの?」

「ミステリートラベル仕立てで刺激的ではありましたね」

「そうか。楽しんでもらえたならそれも良しじゃな」


「ええ、そうですね。外部と連絡が取れないことと、何やら薬を盛られそうにならなければ、笑い話で終われた案件でしたが」


 その瞬間、空気が一変した。底辺を這っていた冷気が一気に表へ吹き出し、張り詰める。


 壁際に居た男性がさりげなく姿勢を変える。獲物にとびかかる前の猛獣が『溜め』をしているかのようだ。合図を出すのはもちろん、目の前のご老人だろう。


 安西翁の態度は変わらない。わずかに目をすがめただけだが、その身から放たれるプレッシャーは一段と強まった。言葉を出す余裕もなく、達哉はただ二人のやり取りを聞くだけだった。


 だのに、一馬は相変わらず飄々と言葉をつないでいる。

「僕はしがない骨董屋の店主ですが、調香師の資格も持ってましてね。あの飲み物に本来入っていないはずのものの匂いを嗅ぎ取ったんですよ。あれはまずいんじゃないですか?」

「…バレなければ何の障害にもならんな」

「そうですね。あなたほどの権力者ならば問題にもならないでしょう。だからこそ、仕込んだ。……ですが、それは悪手です」


「………」


「さっきの飲み物、僕は口にしています。薬の成分が体内に残って反応する期間は結構長いですよ。その間に僕は警察へ行って検査を受け、ここでもらったと『自白』しましょうか。さて、どうなりますかね?」

「…ふむ。したたかじゃの」

「あなた方ほどではありませんよ。ちょっとした自己防衛です」


 再び沈黙が広がった。だが、今度はそう長く続かない。

「フフフ。気骨のある男で面白い。これ、殺気を抑えんか」

「……はっ」


 緊迫した空気が緩み、達哉は額をぬぐった。知らず、冷や汗をかいていたらしい。

 雰囲気は和らいだものの、話は進まない。


「さて、と。ではまずは謝罪からかの。ウチの者が失礼したのう」

「お言葉だけは受け取っておきます」

「ふむ、疑り深いのう」

「無事に帰りついたら本気にしますよ。では改めてお尋ねします。僕らを連れてきた理由は何でしょうか?」


「言わずとも分かるじゃろう。その人形じゃ」

 期せずしてその場の人間の視線がひとところに集まった。

「…昨日の会場でチェーンを巻かれていた作品ですよね。僕らを、いえ、達哉君を窃盗犯にでもしますか?」

 問いただす一馬の声が硬い。


「いや、そんなことはせぬ、な」

「何故……何がしたいのか、伺えますか?」


「そうじゃな…まず、その人形はそちらへ預けよう。わしの手元にあっても何ともならん故、な」

「…僕らのところにあっても変わらないと思いますが?」

「いいや、あれが自ら動いたのじゃ。それがすべてじゃな」


「自分で、動いた……? オートマタですか?」

「ある意味そうじゃが…そこがわからん」

「……は?」


「これは内部に複雑なからくりを仕込まれておる。それはわかる、が…通常ではどうやっても動かんのじゃ」

「中のからくりが壊れている……って事ではないんですね、お話からすると」

「確認どころか、中を見ることができん」


「はい? 見ることが、でき、ない…?」

「それどころか、どうやってからくりを仕込んだのかすらわからんのじゃ。まるで、仕掛けの上から人形の皮をかぶせたような感じでな」


「………」


 驚愕を顔に張り付けたまま固まった一馬の腕をゆすり、

「一馬さん、それってどういうこと?」


「あっ、ああ、達哉君には意味が分からないよな。え~っと、普通ならビスクドールの本体を作っておいて、からくり仕掛けを体内に収めるから、体の一部、例えばおなかとか背中とかに開口部があるはずなんだ。内部が見えないと、修理とかメンテナンスとかで困るだろ? けど、この子はそういった場所がない……つまりどこからからくりを入れたのか判らない状態なんだ」


「それって…壊れない前提だって、こと?」

「ある意味そうだね……というより、作り方がわからない、オーパーツもしくはオーバーテクノロジーと言った方がいいかな」

「………それはまた」

 思わず絶句した。普通のビスクドールにしか見えないのに。


「そんなにこの人形、特殊だったんだ……」

「今まで聞いたことがないですね。どこから出たんですか?」


「ヨーロッパのノミ市で見つけたんじゃが、店主ですら出所を知らんかった。……いつの間にか、本当にいつの間にか商品に交じっていたと言っておった」

「ほ~。で、そういういわくつきのものを僕、いや、達哉君に預ける、と? 何故とお聞きしてもいいですよね?」


 まっすぐに放たれた質問に、安西翁が沈黙し目をすがめる。先ほどのプレッシャーが再び空間を侵食し始めた。

 その重みに耐えきれず、達哉は人形に目を落とす。そして、その人形が何かを抱えていることに気が付いた。


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