第3話 おかしな展示会 (2)
「あれ? 一馬さん?」
うっかり見とれていた所為で達哉は一人になっていた。ペンライトを前後に振ってみるが、後ろ姿が見えない。どうするかと一瞬パニックになりかけたが、
(そういえば休憩スペースがあるって言ってたよな。そこに行けば会えるかな)
そう思いつき、思考を切り替えた。女装の件で嫌々ではあったが、達哉も興味はある。この際、ゆっくりと見て回ろうと歩き出した。
(それにしても静かだよな。声ひとつ聞こえないなんて、そんなに人がいないのかよ)
誰かがいる気配はあるものの、騒ぎ立てる無粋な人間は見当たらない。会場入りする条件が条件だけにさらに少なくなっているのではないか。その考えにふと違和感を覚える。
(普通、コレクターって見せびらかしたいんじゃなかったっけ…隠すんじゃなくて)
同じクラスの木下だってカードの収集には人一倍の情熱を持っている。あちこちの量販店を駆け巡り、ネットの海を泳ぎまくって目指すカードを追いかけ、手に入れたときには時間をかまわず報告してくる。
(あれだけの熱意を勉強に振り分けたらすごい成績になるだろ~に。ま、本人次第だけどな)
頭を振って脱線しかかった思考を元に戻す。そう、コレクターの習性ははっきりしている。
(ここの…安西コーポレーションは何をしたいんだろう?)
どう考えてもよく分からない。ただのかんぐりなのかもしれないが。
「…何あれ? 趣味悪いわね」
「そういってやるなよ。あれでもご自慢の作品だよ?」
すぐ近くから会話が聞こえた。あまりに突然だったので、思わずペンライトを消してカーテンの後ろへ下がってしまった達哉だった。
「アンティークを見せるだけなら、あの演出はやりすぎよ。おじいちゃんの頭を疑っちゃうわ」
「ま、確かにな。でも、本人にしたら根拠があるみたいだぜ」
「ただの認知症じゃないの? それか、隠れた性癖が現れてきたのかも」
「それはちょっと言いすぎだ」
明かりが薄暗いことから、相手の二人連れは達哉に気づくことなく通り過ぎていった。そのままの態勢で20数えてから、達哉はゆっくりと二人連れが出てきた方向に向かう。
カーテンに沿っていくと、そこにひとつの展示物が鎮座していた。
「・・・確かにこれはひどいな」
そこにあったのはビスクドールと呼ばれる人形だった。中世風に着飾った衣装を身にまとい、洒落たロココ調の椅子にちょこんと座らされている。だが、今までの展示物と違うのは、硝子ケースの外側に何重もの鎖が巻かれて、展示物への視線をさえぎっていることだった。
「なんだってこんなことするんかな…おっと」
呆れつつも近づこうとした達哉だが、四方にある装置に気がついてその足を止めた。赤外線を発して見えない空間を作り、そこに侵入したものを検知するポピュラーなものではあるが、これも他の作品には見当たらなかった。
「やけに厳重な警備だけど……これじゃ展示の意味ないよな」
そうつぶやき、しげしげと見入る。巻きついた鎖のせいで見えるのはドールの顔と本体の3分の1ほどだ。それでも、精巧に作られたものである事はわかった。
「ん? 手に何か…抱えているのか?」
隙間から伺えるのはそれくらいだった。ただでさえ暗い中でこれ以上は分からず、達哉はケースの前を離れた。
「さて、一馬さんを探さないとな。いったいどこに行ったんだか」
ビスクドールに背を向けた達哉は気がつかなかった。達哉の懐がほのかに光り、同時に人形がひざに抱えたそれが光を放ったことを。
「いやぁ~、さすがは安西コレクションだねぇ!古書類も思ったより2ランク上のものが揃っていたし、カラクリ時計も年代ごとに層が厚かったな。ビスクドールに至っては、どうやりゃあれだけ集まるのかと殺意まで沸き起こるほどだった……はぁ~、圧巻だよな~」
「さいですか」
達哉の気のない相槌も耳に入っているかどうか怪しい。すでに目がハートだ。
あれから数分後に休憩スペースで無事一馬と合流できた達哉は、残り半数を流し見て会場を後にした。その後即行で女装を解除し、やや遅めの夕食をご馳走になったところだった。時刻はすでに深夜へ移行している。
二人は達哉の自宅に向かって歩いていた。
それまでアンティークの素晴らしさを語っていた一馬の言葉が途切れたため横を向くと、
「………壮一君の様子はどうだい?」
ためらいがちに問いかけてきた。
「……変わりないよ。良くもなく悪くもない……治療は続けてるけどね」
「そうか。………兄さん達は?」
「そちらも相変わらず、かな。今日は二人で病院に泊まりこんでると思う」
「またか……まったく、兄さんも義姉さんも何やってるんだよっ」
思いがけずもらされた強い口調に達哉は戸惑った。
「一馬さん?」
「壮一君は確かに大変な状況だし、心配なのも分かる。でも、それじゃダメだってことになぜ気づかないんだ」
「どういう意味?」
「君も二人の子供だってことだよ」
メガネを押し上げながら一馬は続ける。
「ずっと状態が思わしくない子を気遣うのはいいさ。親としては当然だろうね。だからといって、ほかの事を…もう一人の子供をかまわなくていいってことにはならないはずだ」
「……兄貴は、自慢の子供だったんだ。だから」
「だから自分は放っておかれて当たり前、かい? いったいいつからそんな自虐主義になったんだ?」
「いつからって…そんなこと」
「いや、責めてるつもりはないよ。壮一君は僕から見ても優秀な…優秀すぎる人間だと思う。兄さんや義姉さんが自慢するのも分かるし、僕だってうれしいんだよ。でも」
そういって一馬は達哉を正面に見た。
「達哉君、君も僕にとっては自慢できる甥っ子なんだ」
「…一馬さん…」
「だから、そんな自分を卑下するようなこと言ってほしくないな~、と思ってさ」
自分を見つめる達哉の視線に照れたのか、耳の辺りが赤い。意味もなくほほをかきつつも言葉を紡いでいく。
「兄さん達には機会を見て僕からも言っておくよ。達哉君は達哉君のまま、前を向いて歩いていってほしいから」
さ、帰りなよ、そう肩をたたかれて気がつけば、家の前にいた。
「あ、その…ありがとう、一馬さん。おやすみなさい」
「ああ、お休み。良い夢を」
後ろ向きに手を振って足早に去ってゆく人影に、小さく頭を下げ、玄関の鍵を回した。
(そういわれてもな~、あの兄貴と比べられたら無理だっての)
真っ暗な家の中を突っ切って自分の部屋のベッドに転がり、天井を見上げる。
成績優秀でいつもトップクラス、容姿も端麗で性格も温厚とくれば、ほめ言葉に事欠かない。
むしろけなす人間がいるほうが不思議なくらいだ。
そんな兄をもちろん尊敬している。だが、心の奥底には別の感情があることもまた事実だ。
(完全無欠な人間相手にどうしろってんだよ、まったく)
何より自分に対して腹を立てながら、その思いを押さえ込むように背を丸め、達哉は眠りの世界へ落ち込んでいった。
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