感謝

 電車を乗り継ぎ、一時間半かけて、香澄に教えてもらった住所の元に、おれはやってきた。

 にしても、でかい家だな……

 おれの家の倍の敷地はありそうだ。

 さすが、医者の息子。


 今の時刻は四時前。

 寄り道もせず、真っ直ぐ帰ってくれば、そろそろかな……

 その時だった。


「おや……」


 聞き覚えのある声が少し遠くの方から聞こえてきた。

 きた……

 一瞬、心臓がドクっと跳ね上がるのを感じながら、おれはゆっくり顔をあげた。


「これはこれは……珍しい来客だね」


「お久しぶりです……」


 おれは一応、歳上でもあるので頭を下げた。


「はは、やめてくれ。僕と君はそんな間柄じゃないだろう」


 軽く笑いつつ、おれの方へ近づいてくる。


「ここで話すのもなんだ。中へどうぞ?」


 言って、玄関のドアを開け、おれを招き入れる。


「……」


 一呼吸置いた後、おれは足を上げ、中へと入っていくのだった。













 ♦︎












「どうぞ」


 客間へと案内され、一人掛け用のソファに座りながら、テーブルの上に紅茶の入ったカップを置かれる。

 さすが、大豪邸……

 専用の客間なんてあるのか……

 しかも、このソファもどこまで沈むんだってくらいにふかふかだな……

 にしても、この紅茶、大丈夫かな……

 毒でも入っているんじゃないか……


「安心してくれ、毒なんてないから。それにそう簡単に毒なんて手に入るもんじゃないよ」


 まるでおれの心を見透かしいるかのような発言におれはたまらず、ビクついてしまった。

 落ち着け、平常心だ……


「それより、本題に入ろう。どうしてここへきたんだ?」


 おれと向かい合うようにソファに座る部長。


「全て、あなたの仕組んだことだったんですね」


「全て?」


「はい。おれが美香を助けたあの事故。偶然だと思っていた。不幸な出来事だと。しかし、それはあなたが計画したものだった」


「さぁ、なんの話をしてるんだか……」


 やれやれと言った様子で肩をすくめる。


「どうして、そこまで美香を狙うんですか?正直言って、あなたの目的が一体何なのか、おれにはわからない。だけど、あなたには皮肉な事に感謝しなければならない状態でもある」


「感謝?」


 それまで動くことのなかった表情が少しだけ動いた。


「あなたが仕組んだ事故のおかげで、おれは美香と出会うことができた。だから、そのことには感謝しなきゃならない。自分でもおかしいとは思うけど、結果から見れば……」


「ふざけるな!!」


 しかし、いきなり発せられた怒号に、おれは呆気に取られてしまった。

 この人がこんな大声を出すなんて……


「感謝だと?ふざけるのもいい加減にしろ。結果としてそうなっただけだ。偶然の産物だ。まさか、僕が恋のキューピットだとでも言うのか。笑わせるな。感謝などされる筋合いはない。それにお前がそんな甘い事が言えるのは、お前がまだあの女の本性を知らないからだ」


「本性……?」


「あの女は他人の善意など、全て踏みにじる最低の女だ。僕が何度助けてやったと思ってる」


「入学式の時のことか」


「お前……知ってるのか……?」


「ああ」


 それは稲元の親父さんのおかげだ。

 わずか一か月でほとんどのことを調べ上げてくれた。

 だからこそ、ここに来ることもできた。

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