かけがえのない存在

 翌朝。

 いつものように制服を手に待ち、階段を降り、リビングへとやってきた。


「おう、おはよう」


 リビングへ入ると、まず聞こえてきたのは親父の声だった。


「お、おはよう……」


 おれは少しだけ驚きながら、そう返事をした。

 この時間はまだ寝ているから、いつもならいないはず……

 にも関わらず、今は新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいる。

 服は寝巻き姿のままだが、かなり珍しい光景だ。


「びっくりするでしょ?お父さん、珍しく早起きしたい気分なんだって」


 そんなおれを察してか、朝食の乗ったプレートをテーブルの上に置きながら、母さんが声をかけてきた。


「そう……なんだ」


「まぁたまには俺だって早起きする時だってあるさ。それより、早く食べよう。今日はハードな一日になりそうだからな」


 言って、新聞を畳みながら、おれの方を見てきた。ハードな一日か……

 親父にはおれの心がすっかりわかりきっているみたいだな……


「あら、ハードって何かしら?」


「それはあれだよ。買い物だよ。そろそろ行かないとまずいだろ」


「ああ、確かにそうね。じゃあ、せっかく早起きしたんだから、お父さんには付き合ってもらいましょうか」


「任せておけ。海斗も学校、頑張れよ」


「ああ、もちろん」


 おれは親父の目をしっかりと見て、力強く頷くのだった。












 ♦︎











「じゃあ、行ってきます」


「はい、気をつけてね」


 朝食を食べ終えた後、いつもの時間になったので、おれはカバンを持ち、母さんに見送られながら、家から出て行った。

 そして、玄関のドアを開けた先に。


「おはよう」


 美香がいた。いつもと変わらない、かわいい彼女がそこにはいた。


「おはよう。なんだ、家の前に来てたのなら、呼んでくれればよかったのに」


「ずっと心の中で海斗が気付きますようにって念じてたんだよね。中々届かなかったけど」


 言いながら、苦笑する美香。


「次はすぐに気付くようにするよ」


 軽く笑いながら、おれは美香の手を取った。

 そして、ギュッと握りしめる。


「お願いね」


 美香は少し嬉しそうに笑ってくれた。

 そうして、おれ達は通学路を歩いて行くことにした。


「よかった。いつもの海斗だ」


「え?」


「ほら、昨日あんまり元気ない感じだったから」


「あ、ああ、ごめんな」


「ううん、元気だってわかってホッとしたし。ああ、でも今日も一緒に帰れないんだよね……」


 残念そうにしながら、美香は顔を俯かせた。


「ああ、ごめんな……でも明日からは一緒に帰れるから。そうだ。放課後、遊びに行かないか?お詫びってことで」


「え?!いいの!やったー!じゃあ、どこにしようかな……」


 先ほどとは打って変わって、美香は顔を綻ばせた。

 そんな美香の顔を見ながら、おれはこの笑顔を守るために行かなければならないと改めて思うのだった。

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