声だけで

「ふぅ……」


 晩ご飯の後、おれはゆっくりと風呂に入ってきた。

 混乱しそうな頭を整理するためだ。

 おかげで大分楽になった気がする。

 しかし、これからどうするべきか。

 まだ踏ん切りがつかないでいた。


「ああ、さっき携帯震えてたわよ」


 風呂から上がり、リビングに戻ってきたおれに母さんはそう声をかけてきた。


「え、あ、ありがとう」


 言って、テーブルの上に置いていた携帯を手に取る。


「愛しの彼女からよ。青春っていいわねぇ……」


 しみじみとした様子で言いながら、母さんは洗い物の続きを始めた。

 母さんも青春ってやつがあったんだな……


「……」


 おれはそそくさとリビングから出ると、階段を上がり、自分の部屋にやってきた。

 そして、携帯の電話のアイコンを押し、通話を始める。


「あ、海斗」


 ものの数秒で電話が繋がり、美香の声が聞こえてきた。

 放課後別れた時と変わらない聞きたかった声だ。


「ごめんな、電話出れなくて。風呂に入ってた」


「あ、そうなんだ。大丈夫だよ。それより、今日の晩ご飯はどうだった?」


「え?」


「ほら、家族で食べに行くって言ってたからさ」


「あ、ああ……」


 そうか。確か、そんなこと言ったんだっけ……


「ああ、うん……楽しかったよ、まぁそれなりに……」


 なんで言えばいいかわからず、おれは言葉に詰まってしまった。


「そう……あのさ、海斗……なんかあった?」


「え……?なんでそう思うんだ……?」


「なんか、その上手く言えないけど、声に元気がない気がして……まぁ私の気のせいかもなんだけどさ……」


 戸惑いつつ、美香はそう言ってきた。


「……」


 電話口の声だけでそんなのが分かるくらいにおれってわかりやすいのかな……

 いや、きっと美香だからだ。

 ずっとおれの隣にいてくれた人だからこそ、気付くんだ。それがたまらなく嬉しかった。


「ああ、いや、なんでもないよ。ちょっとご飯食いすぎたから、そのせいかも」


 そう言って、おれは軽く笑ってみせた。

 まだ美香には全てを言えない。

 全ての決着がついてからだ。余計なことを言って、心配させるべきじゃない。


「あ、そうだったんだ。ならいいんだけどさ……」


「心配かけたみたいでごめんな」


「ううん、全然。元気なら良かった。あーあ、早く明日にならないかな……」


「え、なんでだ?明日なんかあった?」


「明日になれば海斗に会えるからさ……」


「お、おお……」


 今、胸にグサッときたよ。鋭いのが。

 不意打ちで貫いてくるから、ドキドキするよね。


「おれも早く会いたいよ……」


 わずか、数時間。離れているだけなのに、もう美香に会いたい。

 もっと美香のそばに居たい。

 でも、会えなくても気持ちはきっと通じてる。

 おれはそう確信できた。

 だから、次にどうするか決めることができた。


「明日は一緒に帰れるかな?」


「ああ、ごめん。明日ちょっと行かなきゃいけないところがあって……ごめん。終わったら連絡するから」


「わかった……うん、仕方ないよね」


 自分に言い聞かせるように美香は言った。

 その後、おれ達はお互いが眠くなるまで、ずっと話しているのだった。

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