親の存在

「ただいまー……」


 フラフラとした足取りでようやく家に帰ってきた。

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。

 全部、部長が仕組んだことだったのか。

 そこまでして、美香を……一体どうしてなのか。

 何度も同じ疑問が頭をよぎる。

 しかし、答えが出ることはなかった。


「なんだ、辛気臭い顔してるな」


 おれが玄関でボーっと考え事をしながら、靴を脱いでいると、中々リビングに来ないからか、親父がやってきた。

 相変わらず、シャツに短パンとラフな格好をしている。

 今日も飲んでいたみたいだな。


「ああ、まぁ……」


 おれはなんで言えばいいかわからず、言葉を濁す。


「悩みがあるなら聞くぞ。お前はまだ未成年なんだから、親を頼れ」


 背中をどんと叩きながら、そんな言葉を言ってくれる。


「……親父……あのさ……」


「まぁまて。ここじゃ、なんだ。リビングで話そう。母さんも買い物に行ってるから、遠慮なく話せる」


「ああ……そうだな……」


 そうして、おれと親父はリビングへと移動し、胸のつかえを取るように話し始めるのだった。











 ♦︎














「なるほど……」


 話し終えた後、向かい座る親父はゆっくりと呟くように頷きながら、言った。


「思った以上にヘビーな話だったな」


 そして、軽く笑いながら、言った。


「悪い……」


「何、お前が悪いわけじゃない。悪いのはその小林とかいうやつだろ?中々性根の腐ったやつもいたもんだ。薬使って、人を怪我させて。あまつさえ、お前の彼女も危なかったなんてな」


「ああ、ほんとに……そこまでやってたなんて、驚きだったよ……」


「だが、皮肉なことにそいつに感謝しなきゃならない部分もあるな」


「え……?」


 予想すらしていなかった言葉が出てきたので、おれは俯かせていた顔をバッと上げた。


「車が暴走してなかったら、お前が彼女さんを助けることもなかった。その不運な事故が結果として、お前に幸運を運んできたってことだろう?」


「……」


 確かに言われてみればそうだ。

 あれがなかったら、おれは美香と出会うことはなかった。あれがおれと美香を引き合わせるきっかけになったんだ。


「ある意味、感謝すべきかもな。まぁ、そんな簡単にできないかもしれないが」


 ぐいっと缶ビールを口に運びながら、親父は言った。


「感謝……」


 まさか、今更あの人に感謝するなんてあり得ないと思っていたけど……

 美香を何度も危険な目に合わせておいて……


「一度話してみたらどうだ、きちんと。憎み合っていても何も解決はしないからな」


「話し合いか……」


 果たして、今更あの人が話なんて聞いてくれるのだろうか。


「ただいまー」


 その時、玄関から声が聞こえてきた。

 母さんの声だ。


「お、帰ってきたな。とりあえず、飯にしよう。色々と考えて腹も空いただろ。考えるのはまた後でだな」


「そう……だな……」


 確かに色々と考えて腹も空いてきた。

 それに親父に話してよかったかもしれない。

 やっぱり、誰かに話すのは気持ちが楽になる。

 おれは深呼吸をした後、イスから立ち上がり、母さんの元まで向かうのだった。

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