現実

「それじゃ、また明日な」


「うん……じゃあね」


 名残惜しそうに美香は小さく手を振る。

 それを見て、おれも名残り惜しくなりながら、玄関を出た。


 今は夜の八時過ぎ。

 三人での食事会が終わり、おれは帰ることにした。

 美香のお母さんは泊まっていってもいいって言ってくれたけど、さすがにまだそこまで踏み込むことができなくて、帰ることにした。

 それにやっぱり、親の前だとそこまでイチャイチャできないし……

 まぁ、人目を忍んでやるしかないかな……


 そんなことを考えながら、エレベーターを降り、家までの道を歩いていく。

 その途中、前から人がやってきた。

 スーツを着た若い男性だった。

 普通にすれ違おうとしたその時。


「……」


 ポケットから何かを取り出した。

 その何かはわからないが、それは小さな何かだった。


「あー、海斗じゃん!奇遇だね!」


 しかし、どこから現れたのか、何故かすぐ近くから香澄がいて、いきなりおれの手をグイッと引いてきた。


「え、香澄……?」


 なんでこんなところで……?!

 と言うか、今、どこにいた……?

 瞬時に疑問だらけになる頭の中。


「ちょっとさ、話したいことあるんだ!」


 だが、強引におれの手を引き、道を歩いていく香澄。


「お、おい……ちょっと……」


「いいから!少し黙ってついてきて!」


 香澄はいつもと違う様子だったので、おれはしばらくそのまま、手を引かれて道を歩くのだった。














 ♦︎













「ふぅ……ここまで来れば大丈夫かな」


 しばらく歩いた後、香澄は周りを見渡してそう言った。なんだかんだで駅前までやってきてしまった。


「だ、大丈夫ってなんだよ……」


「そのままの意味。僕が近くにいなかったら、海斗、今頃、車に撥ねられてたかもね。で、病院にいるところだったよ」


「びょ、病院……?はは、冗談やめてくれよ……」


 おれは乾いた笑いを浮かべた。

 一体なんの話してるんだか……


「とりあえずさ、今日はこのまま、まっすぐ家に帰って。明日詳しく話すから。ここで」


 端的に香澄はそう言うと、名刺を一枚渡してきた。

 おれは恐る恐るそれを受け取った。

 名刺には「チャンドラー探偵事務所」と書かれていた。

 た、探偵事務所……?

 ますます、訳がわからないな……


「じゃあね」


 疑問だらけのおれをそのままにして、香澄は足早にその場を立ち去った。


「……」


 い、一体何が起きてるんだよ……

 これ、現実だよな……

 いや、むしろ夢なら早く覚めてくれ……

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