発言

「ほらほら……まだまだいけるって……」


「や、やめてくれ……もう……」


 言いながら、おれの手を取ってくる香澄。


 あ、ああああ……

 またあそこに連れて行かれるのか……


「っていや、まじで勘弁してくれ……もう腕がパンパンなんだよ……」


 確実に明日筋肉痛になる。

 おれは掴まれていた手を振り解き、その場にへたり込んだ。


「えー、もうだらしないなぁ」


 そんなおれを見て、香澄は少し不満そうにしながら先に行ってしまった。


 おれ達がやってきたのは、ボルダリングのできるスタジオだった。

 聞けば、香澄はここの会員らしく、毎週昇りに来ているそうだ。

 おれは体験ということで、やっているのだが、普段全然使わない筋肉を使い過ぎて、始めてわずか数十分でもう腕が死にかけている。

 もう何も握れる気がしない。

 今はペットボトルのフタすら開けられないだろう。


「にしても、人は見かけによらないもんだな……」


 サクサクと昇っていく香澄を見ながら、そんな一言が出てしまう。


 すごいか弱そうなのに意外と筋肉があって、でもそれが表面には見えてなくて、一体どこにその筋肉があるのか不思議でしょうがない。


「ほらほら、次はレベル上げてやろうよー」


 すると、いつのまにか降りてきていた香澄がいう。


「いや、もう少し休ませてくれって……」


「えー?もうー。そんなんじゃいざというに誰かを守れないよ?」


 その一言を聞いて、おれはハッと顔を上げた。そして思ったんだ。

 もしかしたら、香澄はおれ達の何かを知っているんじゃないかって。


「え、何……?まじまじ見られると恥ずかしいんだけど……」


 香澄は顔を赤らめてそう言った。


「あ、いや、なんでもない……」


 おれは慌てて顔を背けた。

 いや、まさかこいつが……













 ♦︎










 夜。いつものように美香と晩ご飯を食べる。


「おいしいね」


「うん、でもごめんな。今日は作らなくて」


 今日は腕が死んでいるので、何かを作る気力になれず、駅前で牛丼の買って帰った。


「仕方ないよ。それより、楽しかった?」


「ああ、まぁ……」


 美香には言ってないが、ボルダリングの楽しさにハマってしまって、入会してしまった。

 来週から通うことになっている。

 しかし、それ以上に香澄のあの一言……

 気になる。

 意識せずに言ったのか、それとも何か意図があっておれを誘ったのか。


「ん?どうしたの?」


「え、ああ、いや、その疲れたなって……」


「ああ。じゃあ明日はお互いお休みにしよっか。たまには一人の時間も必要だしね」


「そう言ってくれると助かる」


 明日はゆっくり身体を休めよう。

 でも、買い出しには行かないとな。

 来週分の食材がない。

 それにしても美香に会わない休日なんて、いつぶりだろうか。


 ……少しさみしいな……

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