大切な人

 テストの返却も全て終わり、全ての教科でなんとか平均点をクリアすることができた。

 そして、またいつも通りの日に戻ってきたある日のことだった。


「はぁ、さむい……」


 退屈な学校も終わり、すっかり寒くなってきた寒空の下、おれは家までの道を歩いていた。

 今日は珍しく一人で帰っている。

 美香は用事があるとかで先に帰ってしまった。

 しかし、晩ご飯はまた一緒に食べることになっている。

 美香と晩ご飯を一緒に食べるのも、もう慣れたもんだ。

 今週の土日はまた泊まりに来るのだろうか……


 そんなことを思って、家の前まで来た時のことだった。


「……」


 家の前にスーツ姿の男性が立っているのが見えたので、おれは咄嗟に警戒してしまった。

 なんで家の前に……

 あっちはまだ気付いていない。

 今のうちに引き返して……と思ったのだが、あの男性が何にせよ、話をしないと解決しない。

 おれは一呼吸した後、ゆっくりと近づいていく。

 男性はおれに気づくと、こちらに向き直った。

 メガネをかけ、きちっとしたスーツを着た優しそうな見た目だった。


「あの、工藤 海斗君だよね……?」


「そうですけど……」


「私、松原 美香の父です」


「え、あ……」


 美香のお父さん……?


「少し話したいことがあって……時間あるかな……?」


「ああ、はい……」


 一体何だって、美香のお父さんがここに……?














 ♦︎












「どうぞ……」


「申し訳ない。気を使わせてしまって」


「いえ……」


 向かい合う形でテーブルイスに座り、それぞれにお茶の入ったコップを置く。


「単刀直入に聞くけど、ここ最近、娘と仲良くしてくれてると聞いたんだけど本当かな?」


「え、ええ、まぁ……」


「そうか……いや、この前、二人並んで帰ってくるのが見えたから、そうかなと思ったんだ……」


 二人並んでって……

 あの手を繋いでたところか?

 それは恥ずかしいところを見られたな……


 一方のお父さんは腕を組んだまま、黙ってしまった。

 娘に近づくなって言いにきたのかな……


「あの、もしかして警告か何かで来られたんですか……?」


「警戒?」


「その松原さんと仲良くしているから、そういうのは困るとか……」


「いや、警戒ではなく、お願いなんだ」


「お願い……?」


「私はずっと娘を避けてきた。思春期を迎えてどう接すれば良いかわからなかった。そして、いつしか家庭は冷え切ってしまった。娘の態度も冷たくなった。しかし、この前、偶然にも君達のことを見て、娘には大切な人ができたんだと思ったんだ。本当にありがとう」


 言って、頭を下げてきた。


「……」


「私が娘との距離を埋めるには時間がかかるが、君は違う。だから、これからも娘をどうか、よろしくお願いします」


 そして、深々と頭を下げてきた。


「あ、いえ、そのこちらこそ……」


 どうして良いかわからず、おれも頭を下げることにした。


 お願いってこういうことか……

 それにしても楽しそうにか……

 でも、おれも美香に出逢ってから、つまらなかった毎日が一変した気がする。

 礼を言わなければならないのはおれの方かもしれないな。


 それに大切な人か……

 おれにとってもそうだ。


 おれは……美香のことが好きなんだ。

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