「お待たせー」


 四十分ほど経ってから、おれは皿に盛った料理をテーブルイスに置いた。


「すっごい良い匂い!」


 すぐさまイスに座った美香はテンション高めな声で言った。


 今日は肉じゃがを作ってみた。

 具材を切って、すき焼きの素を入れ、煮込むだけ。作るのが難しそうに見える料理だが、意外と簡単だったりする。

 それと一緒に味噌汁の入った器、白ご飯の入った茶碗を運ぶ。


「さ、冷めないうちにどうぞ」


「うん……いただきます……!」


 丁寧に顔の前で手を合わせ、美香は端を掴み、まずは肉じゃがを口に運んでいく。


「んー!美味しい!」


 そして、口に入れてすぐにそう叫ぶ。

 あまりのリアクションの早さにおれは苦笑してしまった。


「海斗って料理上手いんだね?!」


「まぁ両親がいつもいないからな」


 それに家に帰ってもやることがなくて、そのうちに料理をするようになったって感じだ。今なら、大抵のものなら作れる自信はある。


「そっかー……すご……」


 言いながら、パクパクと食べ進めていく美香。その食べっぷりは見ているだけでこちらも嬉しくなってしまうものであった。


 しかし。


「……」


 料理を食べながら、美香は大粒の涙を流し始めた。


「え!?ちょ……!」


 突然の涙におれはどうすれば良いか分からず、戸惑ってしまう。


「ごめん、ごめんね……」


 小さな声で謝りながら、美香は尚も涙を流していた。

 それを見て、おれは隣に座り、ゆっくりと美香の背中を撫でることしかできなかった。















 ♦︎












「私の両親もさ、仕事ばっかりで全然家に帰ってこなくてさ」


 すっかり料理も冷めてしまった頃、美香はゆっくりと話し始めた。


「中学に上がったくらいからかな。家にいないことが当たり前になったのは。最初は仕事だから仕方ないんだって思ってた。でも、そのうちにそれは言い訳で単に家に帰るのが面倒なんだってわかったの」


「……」


「うちの両親ってさ、あんまり仲良くなくてさ、それでよくケンカしてて、そんな日々が面倒になっちゃったんだろうね。お互い、飲み歩いて遅く帰ってきたり、わざと仕事増やしてどこかに泊まってきたり。私が家にいても意味なんてないんだって」


 そう言って、苦笑いを浮かべる美香。

 その笑みがどこまでも悲しくて、おれは胸が痛くなるのを感じた。


「そのうち、私も悪い部分が移ってきたみたいで、誰も信用できなくなった。誰かに話しかけられても、冷たい態度で返してさ。だから、誰かと晩ご飯を食べるなんてのも久しぶりで」


「そうだったんだ……」


「お昼休みもさ、一緒に食べるなんて久しぶりだったから、初めて誘うとき、めちゃくちゃ緊張したよ。その時も嬉しかったけど、手料理はダメだったね。つい泣いちゃった」


 目元に溜まった涙を拭いながら、美香は今度は照れ笑いを浮かべた。

 それを見て、おれは何かを言うべきだと思った。


「だったらさ……勉強を教えに来てくれる代わりにおれは晩ご飯を振る舞うよ。いや、勉強を教えに来てくれなくても、ただ家に来てくれるたけでいい。おれもさ、久しぶりに誰かと晩ご飯を一緒に食べることができて嬉しいからさ……」


「海斗……」


「あんまりうまく言えないけどさ……」


「ありがとう……!」


 おれがなんと言うべきか一瞬迷っている間に美香はおれに抱きついてきた。


 突然の行動におれはどうするべきか戸惑ってしまった。

 しかし、美香の手が小刻みに震えているのがわかったら、その戸惑いも消えた。

 そして、ゆっくりと美香の背中に手を回し、美香が落ち着くのを待つのだった。

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