笑み

「ただいまを持ちまして、文化祭一日目を終了と致します。本日はご来校いただき、誠にありがとうございました。明日は本日同様、朝の九時より開始とさせていただきます」


 夕方の五時になり、実行委員のアナウンスにより、一日目が終了となった。

 そのアナウンスと共に大勢の人がゾロゾロと学校から去っていく。


「失礼します」


 そんな中、おれは新聞部の部室を訪ねていた。

 もちろん、今日撮った写真を渡すためである。


「あれ、誰もいない……」


 しかし、中には誰もいなかった。

 カギが開いてるからてっきり誰かいると思ったのにな……

 仕方ない。置き手紙でもして、カメラは置いていくか。

 そう思っていた時だった。


「なんだ、来ていたのか」


 そんな声が後ろからかけられたので、おれはビクッと肩を震わせた。


「ははは、なんだ、そんな驚くことないじゃないか」


「部長……」


 振り返ると、そこには小林部長が立っていた。


「すまない、トイレに行っていてね。激混みだったから、中々帰ってこられなくて」


「ああ、なるほど……」


 確かにあの人の多さなら、頷ける。


「それより、カメラを持ってきてくれたんだよね?」


「ああ、はい。そうです」


 言いながら、おれはデジカメを渡した。


「うん、ありがとう。今日は大盛況だったからね。さぞ良い写真も撮れただろう?」


部長はわざと煽るような言葉を言ってくる。


「まぁ素人なりには頑張りました」


 言いながら、苦笑を浮かべる。


「はは、またまた謙遜しちゃって。君は中々筋があるから、こういうのも向いてると思うけどな」


「いやいや……」


 おれは無理だと言わんばかりに両手を振った。


「にしても、君も中々災難な人だね……」


「え?」


「いや、ほら、彼女のことだよ。噂で聞いたけど、色々あったそうじゃないか?それに君だって……」


「あ、ああ……」


「脅迫めいた手紙が入ってたって、先生方に言ったんだろ?それでも犯人がまだ出てこないって。全く困ったものだね……」


「……」


「まぁ僕が力になれる事があれば、いつでも……」


「まさかとは思っていたけど……やっぱり……あんただったのか……」


「え?」


「美香に危害を加えたのは……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんでそうなるんだ?僕はただ、聞いた話を……」


 途端に慌てた様子になる。


「先生には言ってないんだよ」


「え……?」


「手紙のこと。あれはおれと美香以外、誰も知らないはずなんだ。職員室には入ったが、そのことは話していない。先生だって、知るわけがないんだ」


 そう。これがおれ達の賭け。

 手紙を読んだ直後、職員室には入ったが、美香の件について、何か進展はあったか話を聞いただけだった。

 もし、犯人が美香の近くにいるなら、きっとおれ達が職員室に入ったことも知っているはず。そして、手紙をことを相談したと思い込むだろうと考えたのだ。

 放火と同じだ。犯人は必ず現場に戻ってくる。手紙を見たおれ達の反応を見たいはず。

 だから、おれはあえて賭けに出たのだ。


「だから、手紙のことを知っているなら、もう犯人以外ありえないんだ」


「……」


「なんで、美香にあんなことを……」


 おれはぎりっと奥歯を噛み締めた。

 何故だかわからないが、怒りがすっとこみ上げてきていた。


「ははは……はははは……!」


 すると、部長はいきなり笑い出した。

 おれはその様子にたまらず、身構えてしまう。同時に恐怖という感情も湧いて出てきた。


「はは、いやいや、まさか、君がそこまで勘の働く男だったとはね。意外だったよ」


 言いながら、おかしそうに笑みを浮かべる。


「やっぱりあんたが……!」


「さぁ、何の話だ?僕は聞いた噂の話をしただけだ。それより、これから作業があるんだ。そろそろいいかな?」


 言って、おれの横を通り過ぎていく。

 その間、おれは何かされるのではないかと思ったが、ただ通り過ぎただけだった。


「ああ、それから言っておくけど、僕は来週にはこの学校を去る。親の仕事の都合でね。だから、まぁ安心してくれ。もう何もしないから」


「そんなの信じられるわけ……」


「別に信用されなくてもいい。ただ、嘘をつくつもりはない。それに君の働きぶりには感謝してる。これは事実だ。だから、明日も頼んだよ」


 言って、頬の端だけ釣り上げ、奇妙な笑みを浮かべる。おれはその表情に底知れぬ恐怖を覚えた。

 そして、部長はパソコンの電源を入れ、作業を始めていった。


 おれはその光景を見ながら、ゆっくりと様々な感情が入り混じった心情のまま、部室のドアを閉めるしかなかった。

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