良い人

 午後の三時過ぎ。俺は一人で中庭にいた。


「ふぅ……」


 ため息をつきつつ、ベンチに座る。


 先程、美香と別れたところだ。

 お化け屋敷に入ったり、カフェに入り、休憩したり、体育館でやっていた演劇を少し観たりと、楽しいひとときを過ごした。


 しかし、いく先々で美香に注目が集まるので、おれとしては少し居心地が悪かった。

 それにあの手紙のこともある。

 いつ何時狙われているかわからない。

 心から安心はできていなかった。


 それでも幸いにも何も起きず、休憩時間も終わり、美香は再びクラスに戻っていくこととなった。


 このまま、何も起きないといいんだけど。


 そう願いつつ、自販機で買った紙パックのコーヒーにストローを刺し、口をつける。


「お、いたいた」


 すると、そんな声が聞こえてきたのでおれは地面に向けていた顔を上げた。


「やっぱり来てたのか」


「まぁな。今日は休みだし、それにあの事が気になるしな」


 言って、おれの隣に腰掛けてくる。

 声をかけてきたのは稲元だった。

 当たり前だが、私服姿だ。

 ジーンズにロンT、薄手のパーカーを着ている。

 なんかおれの周り、パーカー使用率高いな……

 まぁ楽だもんな。


「ありがとうな」


「礼なんていらないって。それより、さっき松原さん……だっけ。に会ったぞ。めちゃくちゃ似合ってたな」


 やけに興奮気味に稲元。

 ということはつまりだ。


「行ったんだ、メイド喫茶……」


「当たり前だろう?男として行かないわけには行かなかった。向こうもオレだってことに気づいたみたいで少し睨まれたけど、普通に接客してくれたぞ」


「睨んだんだ……」


 メイドとしてあるまじき行為だな……

 まぁ美香だから許されるのかもしれない。

 そんなメイドもアリ!とか言われてそうだしな。


「それより、一人で来たのか?」


「いや、何人かで来たよ。今、リピートしてる」


「ああー……」


 お疲れ様、美香……

 終わったらなんか甘いもの買ってやるぞ……


「それより、何かあったか?」


「いや、何も。昼間も少し一緒にいたけど、何もなかったよ」


「そうか。それならよかった。しかし、一緒にいたなんてやっぱり仲良しなんだな」


「はは、まぁな……」


 そう言われ、少し照れ臭くなってくる。

 まぁ仲良くしてるのが美香くらいしかいないしな……


「まぁ何もなかったなら良かった。終わりまではいるつもりだから、何かあったら連絡くれよ?」


「ああ、助かるよ」


「それじゃあな」


 爽やかな笑みを浮かべつつ、稲元はベンチから立ち上がり、去っていった。


 ここ数日であいつの良い人度が急上昇してるな……

 まぁ悪いことではないんだけどな。

 少し驚いている。

 とにかく、このまま何もなく終わっていってくれればそれでいい。


 おれはそう考えながら、再びコーヒーを飲むのだった。

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