バケツ

 文化祭も残り二週間に迫ったある日。


「ふー……」


 おれは息を吐きつつ、カバンを肩にかけ、教室から出て行った。

 時刻は既に夜の六時を過ぎている。

 文化祭の準備に加え、新聞部の手伝いもあるのでここ最近、忙しない日々を送っている。少し前までは考えられなかった状況だ。


 クラス内にはまだ作業しているクラスメイトもいたが、おれ個人としてのやるべきことは終わったので、今日は帰ることにした。


「喉乾いたな……」


 玄関で靴に履き替えた後、おれはそんな独り言を呟いた。

 思えば、長い間、何も飲んでいなかったし、帰る前に自販機で何か飲んでから帰るか。


 というわけで、おれは中庭にある自販機へと向かった。


「あ」


 自販機の近くに来ると見知った顔を見つけた。美香だ。ベンチに座って足を組んで、紙パックのジュースを飲んでいる。

 まだ残ってたんだ。


「あ……」


 そして、向こうも気付く。


「奇遇だな」


 言いながら、おれは財布から小銭を取り出し、お金を入れ、紙パックのオレンジジュースを買った。


「だね。まだいたんだ?」


「まぁな。色々とやることがあるし。それより、そっちもまだいたんだな」


「うん。メニューをどうするかで悩んでて。まぁ私は作る側じゃないんだけどさ……」


 言いながら、視線を逸らす。


 そうだよな……

 美香はウェイトレスというか、注文を運ぶ係だもんな。

 何より、メイドだし……

 やばい、そんなことを思っていると、この前の光景がフラッシュバックしてくる……

 いや、そんなことより、美香のメイド姿を周りに見せたくないとか思ってしまう……

 全く、何考えてんだよ……


「どうしたの?」


 そんなおれを見て、美香は首を傾げた。


「い、いやなんでも……それより、そろそろ終わるなら一緒に帰るか?」


「え、うん!帰る!久しぶりだね!」


 途端に満面の笑みを浮かべる美香。

 やべぇ、かんわいい……

 誘っただけでこんな喜んでくれるとか、天使ですか、この子。


「じゃあ、荷物取ってくるね!」


 ベンチから立ち上がり、飲み終えたであろう紙パックのゴミを美香はゴミ箱に捨てた後、そう言った。


「あ、もう帰ってもいいのか?」


「大丈夫でしょ。そもそも私が残る理由もないだろうし」


「そういうもんか」


「じゃあ待っててね」


 そう言って、美香がおれに軽く手を振り、その場から離れていった。

 その時だった。


 ガシャーン!!!!


 おれ達のすぐそばに大量の鉄のバケツが落ちてきた。


「な、なんだ!?」


 その音に驚きつつ、おれは慌てて、頭上を見上げた。


「……!」


 そして、咄嗟に身体を動かし、美香を抱きしめるように地面に倒れ込む。


 次の瞬間、今度はプラスチックのバケツが落ちてきた。

 おまけに中には水が入っていたようで、地面に落下した衝撃で盛大に水がぶちまけられる。


 あ、危ねぇ……

 あのまま、あそこにいたら確実にずぶ濡れだったな……

 というか、なんでバケツなんか落ちてくるんだよ……?


「か、海斗……」


おれの腕にすっぽりハマっていた美香が声を上げる。


「あ、ああ、大丈夫か……?」


「うん、平気だけど……」


「なら良かった。それより、これは……」


おれは立ち上がり、目の前の光景に衝撃を覚える。


 うっかり落としたなんてレベルじゃない。

 故意にやったことは明らかだ。

 しかし、姿を見たわけでもなければ、この辺りを映したカメラがあるわけでもない。


 とりあえず、おれはバケツをまとめて片し、すぐさま職員室に向かうのだった。

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