挨拶

 新聞部の部室を出てから、おれは帰り支度をするために教室に戻ろうとした時のことだった。


「この前は挨拶ができずに悪かったね」


 廊下を歩いていると、そんな声が聞こえてきたので、おれは後ろを振り返った。

 そこには一人の男子生徒が立っていた。

 あれ、なんかみたことあるような……


「えーっと……」


 しかし、誰かは思い出せず、言葉に詰まってしまう。誰だっけ……


「え、ああ、まだ自己紹介していなかったね。三年の小林こばやし 春樹はるきだ。新聞部の部長をしている」


「あ……あー!」


 そうだそうだ。この前、新聞部に行った時に見た人だ。

 うん、この癖のある髪の毛は間違いない。


「どうやら、思い出してくれたみたいだね」


 小林部長はおれの反応を見て、少しだけ笑いながら言った。


「それから、遅くなってしまったが、うちの部員が迷惑をかけたみたいで本当にすまなかった」


 しかし、次の瞬間には背を正して、おれに向かって頭を下げてきた。

 部員が迷惑って、田村のことだよな……

 いくら部長とはいえ、他人なんだし、そこまで責任を感じなくても……

 いや、それだけ部員のことを大切に想っているってことか。いい人じゃないか。


「前から彼女は少し暴走しがちな所があって、しかし、良い記事を書くから僕も少し放置させていた所もあって……だが、まさかこんな事故を起こすなんてね……」


「ああ、いや、別に田村が全面的に悪いってわけでもないので……それにもう身体も治りましたし、あんまり気にしないで下さい」


「心が広いんだな、君は。ありがとう」


 言って、再び頭を下げてきた。


 本当に学生か、この人?

 なんか礼儀正しいサラリーマンを見ているような気分になってくる。


「もし、何か困ったことがあったらいつでも言ってくれよ?それより、君、あの松原さんと仲が良いと聞いたのだが、本当か?」


「え、あ、ああ、まぁそこそこに……」


 松原って美香のことだよな……


「どうやって仲良くなったのか、是非とも取材したいところだが、それが原因で君は怪我をしたんだったよな……」


「ま、まぁ……」


「仕方ないか……ああ、呼び止めて悪かったね。それじゃ」


 アゴに手を当て、何かを考えた後、そう言って、小林部長は去っていった。


 やっぱり美香とのことは取材したいのか……

 それだけ仲良くしてる人がいないってことだよな。

 まぁ、本人も嫌がってる以上、話す必要もないよな。それに特別、何かをしたわけでもないし。

 それにしても、かなり真面目そうだが、良い部長さんだな。

 これなら、安心して手伝いができるというものだ。


 おれはそう感じながら、再び廊下を歩いていった。

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