リンゴ
入院生活二日目。
着替えなど、入院に必要な物があるので、おれは許可をもらい、一時的に家に帰ってきていた。
本来なら親などに持ってきてもらうはずだが、おれの場合、親が遠くにいたため、仕方なく本人が取りに行くこととなった。
身体がボロボロなので、少し動くだけでもキツかったが、これも仕方ない。
またおれが怪我したことは両親にも連絡済みらしい。
打撲だとは伝えたそうだが、昨日の夜に近いうちに帰ってくると連絡があった。
まぁ、親なりに心配しているのだろう。
そんな中、午前中は荷物を取りに行き、午後からは大人しくベッドで横になっていた。
しかし、とにかく暇だった。
携帯はいじれるが、病院にはWi-Fiも通っていなく、動画などを観続けてしまうと、データがかかるし、金もかかる。
さらに、テレビはカードを買っての課金式だった。
なので、これもあまり観続けると金がかかる。
病院側も暇をつぶせるようにと小さな本棚を用意してあり、そこに漫画もあったが、どうも読む気になれないジャンルのものばかりだった。
なので、仕方なくベッドの上でぼーっとしているわけである。
「……」
しっかし、暇だな……
昼寝もさっきしたけど、すぐに起きちゃったし……
それに配慮してくれたのかわからないけど、個室だから誰かと喋ることもできないし。
まぁコミュ力ないから、誰かいても話しかけることはなさそうだけどな。
「はぁ……」
おれは、今日何度目になるかわからないため息を吐きながら、頭の後ろで手を組んで、ベッドにもたれる。
身体はまだ痛いが、元気なわけだし、自宅療養とかにしてもらいたいけど、そういうわけにはいかないんだろうな……
コンコン。
と、そんなことを考えていると病室の入り口がノックされた。
「どうぞ」
おれはそのままの状態で返事をした。
誰だろう。看護婦さんかな。
でも、何の用だろうか。
「こんにちは……」
しかし、病室に入ってきたのはまさかの美香だった。
「あ、え……」
突然の来訪におれは驚いてしまった。
まさか、本当に来るとは思っていなかったからだ。
「身体大丈夫……?」
そう言って、こちらに近づいてくる美香。
当たり前だが、学校終わりだったので制服姿だった。
「あ、ああ、少し痛むけど大丈夫だよ。それより、やることがないから暇だよ」
言って、苦笑を浮かべる。
「そう……なんだ。あ、これ持ってきたよ」
言いながら、美香は手に持っていた紙袋から何かを取り出した。それはリンゴだった。
「入院生活にはリンゴかなぁなんて、思ってさ」
「そっか。わざわざありがとうな。ちょうど小腹空いてたから嬉しいよ」
「ほんと?よかった。それじゃ剥くね」
そう言って、ポケットナイフのようなものを取り出すと、さらさらとリンゴの皮を剥いていく。
「おお……」
鮮やかな手際だ……
それにナイフだから切れ味も包丁より鋭いだろうに、全く怪我をする感じがない。
その動作には、さすがとしか言いようがない。
「はい、お待たせ」
そして、すぐにリンゴを剥き終わり、紙皿の上に一口サイズに切ったリンゴを置いてくれる。
「あ、ありがとう。じゃあ早速……」
おれは美香が用意してくれた爪楊枝を使い、リンゴを刺し、口に運ぶ。
「うん、うまい」
至って普通のリンゴだから、味も普通なんだけど、わざわざおれのために剥いてくれたってところに感動する。
「よかった。まだまだあるからね……」
言いながら、美香は紙袋の中からリンゴを取り出してきた。
まるで手品のようにこれでもかと出てくる。
「え、いや、ちょっとこれは……」
軽く10こ以上は出てきたな……
よく持ってきたな、絶対重かっただろ。
「すぐに剥くから待っててね」
めちゃくちゃ笑顔の美香。
この様子を察するに、悪気はこれっぽっちもないのだろう。
「あ、ああ、頼む……」
しばらくリンゴは見るのも辛くなりそうだな……
おれはそう心の中で思うのだった。
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