怪我と事故
「……」
「……」
今、この場には三人いる。
一人は部外者がこの場にいるため、むすっとした様子で弁当のご飯を食べている美少女。
もう一人はこの状況に耐えられず、俯いているモブキャラ。
そして、もう一人は……
「ほらほら、いつもみたいに話してくれていいんだよ?私のことは無視してくれていいからさ」
おれの隣で言いながら、ペンとメモを構える。準備バッチリかい、こいつ。
「無視とか言う前に自分のことが邪魔だとは思わないわけ?」
そこに女王の辛辣な一言が飛ぶ。
「ジャーナリストたる者、邪魔扱いされようが、取材を続けるのみ」
しかし、ダメージはゼロだった!
変わらず、涼しい顔をしている。
「海斗、なんなのこいつ?」
「いや、まぁそのなんかおれ達のことを記事にしたいとかで……」
あの後、おれが美香と仲良くなった理由を記事にすると言って聞かなく、こうして密着取材をしているわけだ。
しかし、記事にするようなものでもないと思うが、本人はすっかりその気で、こっちの話なんか聞く気もない。
「記事に?こいつ、新聞部なの?」
少し驚いた様子で田村のことを見る。
「これでも一応、エースと言われているので……スクープは見逃しませんよ」
「そのスクープのために人の自由な時間を奪うわけ?人間としてどうなのよ」
「だから、ほら、私のことは空気だと思ってくれていいので」
「はぁー……」
どう言っても田村が引く様子はないので、美香はたまらず、呆れたように盛大なため息を吐いた。
しかし、美香の味方をするわけではないが、この調子でずっとべったり張られても困るよな……
最近になって、ようやく美香とのこの時間もなんとか普通に過ごせるようになってきたのに、田村のせいで周りもまたおれ達のことを凝視するようになってきたし。
「それでさ、二人の馴れ初めを詳しく聞かせてよ?」
「そもそも私は記事にしていいなんて言ってないし、誰が誰と仲良くしようが別にいいでしょうが」
苛立った様子でそう言うと、美香は席を勢いよく立ち上がった。
「あらら……」
田村は少し驚いた様子だった。
完全に怒らせたな、あれは……
「おれも記事にするのはやめてほしいし、あいつの言うことも最もだと思うけどな……」
「えー、それじゃつまらないじゃない。世間が求めてるのはゴシップなのよ?」
「だからって、ああやって怒らせるのはどうかと……」
「それじゃ記事なんてできないじゃない。いいわよ。多少嫌われてでも取材は続けるから」
吐き捨てるようにそう言って、田村も席を立って食堂から出て行ってしまった。
「いや、だから、やめとけって……」
どうせ、ろくなこと……
いや、絶対に面倒なことになるんだから……
♦︎
「だから!しつこいわね、あんたも。いい加減諦めなさいよ」
「少しくらい話してくれてもいいじゃない?!それとも、話せない理由でもあるんですか?」
「話す話さないの前に嫌だって言ってるのよ、あなた日本語わからないの?!」
放課後。
おれと美香が帰ろうとしていると、そこに田村が突撃してきた。
そして、案の定、美香にづけづけと話をしている。
もちろん、相手にされていない。
いや、むしろ完全に毛嫌いされている。
「じゃあ、あのちょっと二人の写真撮らせてよ。それだけでいいから」
「いやよ。というか、写真なんて撮ってどうするのよ。どうせ、ありもしないことでも書くつもりなんでしょ?」
そう言って、田村がポケットから取り出したデジカメを奪おうとする美香。
「ちょ、ちょっとやめてよ……!」
それを必死に阻止しようとする田村。
「あ、おい、ちょっと……」
それ以上はやめておけ。そう言おうとした時だった。
「「あ……」」
二人の手から弾き飛ばされてしまったデジカメは宙を舞い、そして。
「……!」
運悪く階段のある方に飛んでいってしまった。このままだと確実に破損する。
おれは反射的に身体を動かし、手を伸ばして、デジカメを宙でキャッチする。
「お、おおお……」
なんとか階段ギリギリのところでキャッチ……したのは良かったが、この前、美香を助けた時の足でそんな激しい動きをしてしまったので、痛みのあまり、バランスを失い、そのまま転げ落ちてしまう。
「……!」
「海斗!」
薄れゆく意識の中、美香の悲鳴にも似た叫び声が脳裏に焼き付いたまま、おれの意識は闇の中へと落ちていった。
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