第9話 XDAY グラウンドゼロ

東京都豊島区東池袋。

戦争状態にある現状の中であっても、この街には普段通りの日常が広がっていた。

大河はサンシャインシティーに立ち寄った後、お気に入りの駅前のカフェでコーヒーを飲みながらスマホを眺めていた。

若いカップルや年配の夫婦で店内は賑わっている。

大きなフルーツポンチを三人で食べている女子高生達の笑い声や、店内に流れるBGM。客を迎い入れる店員の声は平穏な日常と全く変わりはなく、大河はすこし安心していた。

スマホのSNSでのやり取りも、普段通りの言葉が並ぶ。そのほとんどはハスミとの内容で。


『今買い物してる^_^』

『美味しそうなお店発見!』


等のありきたりな文字が並んでいた。

大河は店を出ると、池袋駅東口改札へ向けて歩き始めた。

ベビーカーを押しながら歩く若い女性を追い越しながら考える。


『あの人は同い年くらいかなあ』


駅前交差点で信号待ちの間、目の前を通り過ぎて行くサイドカーに心を奪われ、外国人観光客の姿が見えなくなったこの街の、ほんの僅かな変化にも大河は驚かされた。


『国外避難』


朝のニュース映像を大河は思い出していた。

空港に押し寄せる人の群れと怒号や悲鳴。

この場所でテロが発生したらどうなるのだろう?

大河は思っていた。


信号機が青に変わる。

スマホが振動を始める。

周りの人々のスマホも一斉に鳴り出している。

テレビで聞いた『国民保護サイレン』が辺り一帯に響き渡る。

人々は一瞬足を止める。

平気な顔をしている人。不安そうに身を寄せ合う若い女性達。涙目のサラリーマン。

車も一斉に停車する。

窓から空を見上げるタクシー運転手。配送トラックのドライバーは車を置いて駅へと逃げ込んだ。

アナウンスが流れる。


『弾道ミサイル発射情報。弾道ミサイル発射情報。当地域に着弾する恐れがあります。屋内に避難し、テレビ、ラジオはつけて下さい』


サイレンが鳴り響く中、豊島区からのアナウンスも響き渡る。


『豊島区から住民の皆様へ。豊島区一帯に避難指示が出されています! 直ちに安全なー頑丈な建物か、地下街に避難して下さい! 繰り返しますー』


『弾道ミサイル発射情報。弾道ミサイル発射情報。当地域に着弾する恐れがありますー』


大河を含め、周りの人々が一斉に池袋駅構内へ走り出した。

上空で爆音がした。

構内の柱に身を隠した大河は振り返る。

スローモーションで再生されていく光景が広がる。

サンシャインビル上空に強烈な閃光が走る。

オレンジ色に包まれる池袋の景色。

砂塵が舞う。

車や木々が舞い上がる。

建物は高層階から消えていく。

空には人工的な黄色い太陽が揺れている。

全てのものが吸い込まれていく。

幾つもの紙切れの様な物体が宙に舞って、黄色い太陽の近くで『ジュッ!』と音を発した後に消えた。


『あれは人間だ』


直感に身体が固まった。

衝撃波が大河をすり抜けていく。

その中にたくさんの顔を見た。

よじれた顔。砕けた顔。溶けた顔。焦げた顔。裏返った顔。真っ白で何もなくなった顔。しゃれこうべ。唇。瞳。鼻。髪の毛。幾つもの人生の証が、衝撃波と共に大河の身体をすり抜けて行く。


大河は叫んでいた。


『待って! 僕だけを置いて行かないで! 待って!』


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