第8話 新宿ホームレス
西武新宿駅前の広場で 、仲間内から『教授』と呼ばれているそのホームレスは、煙草をふかしながら誰かが捨てていった朝刊に目を通していた。
曜日や時間の感覚等、とうの昔に捨て去った教授の左手薬指にはプラチナのリングがはめられてはいるが、想い出に浸るという愚かな作業を教授は絶対にしなかった。というより、してはならないと自分に言い聞かせていた。
朝食は炊き出して振る舞われた握り飯と味噌汁。
ボロボロのコートのポケットで、ジャラリジャラリと硬化が擦れる音がしている。
この音がしなくなった時、自分の人生は終わるのだろう。教授はいつもそう思っていた。
路上に捨てられた煙草の吸殻を胸ポケットに忍ばせて、新聞を読みながら靖国通りをひたすら歩く。
タクシーの数は激減し、外国人観光客は姿を消した。ひと昔前まで『クールジャパン』ともてはやされたこの国の多種多様な文化は、間も無く終焉を迎えようとしているのではないか?
教授は新聞記事を読みながら思う。
『国連決議 中国拒否権発動』
『日露 平和条約締結』
『米国 日米安全保障条約の枠内で共同歩調の構え』
『ASEAN 北を核保有国として認める声明採択』
教授は『それもアリ』ではないかと考えていた。
もう一度リセットし直してはじめる。それが人類滅亡のシナリオであったとしても、ヒトという生き物は有害なのに変わりはないのだ。
己の哲学を呟きながら教授は歩き続ける。
幼い頃、靖国通りには路面電車が走っていた。
親とよく乗った辛子色のチンチン電車も姿を消した。デパートの屋上遊園地もいつの間にか消えた。
週末のデモ行進もひっそりと無くなった。
『戦争法案絶対反対!』
『平和憲法を守れ!』
そう叫んでいた者達は今は何処に行った?
何故姿を隠す必要がある?
一発のミサイルで、君達の意志や熱意は簡単に崩れてしまうのか?
今こそ叫べ!
ミサイルが放たれた今こそ叫ぶべきではないのか!
教授の思いは言葉となって溢れ出ていた。
道行く人々は、教授を避けながら通り過ぎて行く。
それでも教授は叫び続けた。
『平和を守れ! 9条を守れ! 米国軍は要らない! 日露平和条約反対! 自衛隊は違憲だ! 袴田辞めろ! 平和を守れ!』
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