第3話 袴田内閣

国民の安全保障と平和憲法を守る学生有志の会。

通称 freezは、首都圏の大学生らが主体の政治団体として公安からもマークされていた。

土曜日の夕刻。

時刻は18:00を少し回った頃。

桜木町駅からのデモ行進には150名が集まり、警察官に守られながらも、今日の活動は無事にこの関内駅前広場にて終了した。

古参のメンバー達は未来の会と称し、デモの後には必ず居酒屋へと向かうのが慣例となっていて、その場には『国民党』や『社会自由党』の議員の姿も見受けられた。


葉月大河は、参加当初は未来の会に顔を出してはいたものの、政治色が増しつつあるfreezの活動に魅力を失っていた。

単なるお祭り騒ぎで構わなかったのだ。

仲間と同じ目的を共有して、朝まで飲み屋で盛り上がり、たまに政治の話とか戦争や人権の話をするくらいが丁度良かった。


『北方四島返還後のロシア軍駐留反対!』

『平和憲法厳守 9条を守れ』

『日本国防衛軍新設断固拒否』

『袴田総理は辞めろ!』

『米軍は出て行け!』

『シベリア横断鉄道延長計画即時中止!』


勇ましいシュプレヒコールを上げながらも、大河はその本当の意味などあまり理解はしていなかった。

現実的な問題ー就職先が見つからないことや恋人のハスミとのこれからのことが大河にとっては重要で、freezは楽しかった思い出の一部として心の片隅に置いておこうと決心していた。

実際、ハスミとの出会いもfreezの活動がキッカケだったのだから。


デモ参加者が散って行く中、大河は横浜中華街まで歩く事に決めた。

今夜はハスミと外食する約束で、その後はあざみ野にある大河の自宅に泊まる事になっている。

明日の日曜日は目覚ましもかけずに、ふたりでゴロゴロしながらテレビを見たりゲームをしたり。

そんな時間が一番の幸せだと大河は思っていた。


しばらく歩くと、横浜スタジアムに向かって人の波が出来ていた。

アイドルユニットのコンサートが開催されるのはネットニュースで確認出来た。

大河は人の少ない反対側の歩道を選んで、ヘッドフォンを耳にあて、スマートフォンを見ながら中華街へと歩き続けて行く。

途中。数台のパトカーが大河を追い越して行った。

救急車もその後に続いて大河の脇を走り抜けて行く。それも2台目、3台目とー。

辺りに鳴り響くサイレン音に、通行人は皆騒つき始めた。

大河はスマートフォンのニュース番組を開き、そのタイトルクレジットに思わず足を止めた。


『横浜市営地下鉄ブルーライン 三ツ沢下町 横浜間で車両炎上!』


大河の前方から大型トレーラーがゆっくりと近づいて信号手前で停止した後、大勢の人々で溢れ返る横浜スタジアムへ向けてスピードを上げて行った。

その姿は黒光りする大蛇のようにも見えた。


同時多発テロの瞬間だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る