第2話 札幌市営地下鉄

札幌市営地下鉄南北線。

北24条駅からさっぽろ駅へと向かう車内は、土曜日の夕刻とあって満員状態だった。

3号車中央の座席に座るパクミンギョンは、黒色のリュックを前に抱えながら周囲の乗客達を観察していた。

目の前のスーツ姿の男性は今しがた乗ってきたばかりの乗客。その右隣の若いカップルは、北12条駅からスマートフォンを片手にゲームに夢中になっている。会話はなく、時折ぶつかる男性の肘にOLが不快な顔を向けていた。

扉前のベビーカーから聞こえる赤ちゃんの笑い声。

それをあやしながらも、周囲の乗客に気を使う中年夫婦の光景は微笑ましい。

きっと、やっと恵まれたカタラモノなのだろう。

ミンギョンはそう思っていた。


『あたしのカタラモノー』


心に問いかけた自分の不甲斐なさをミンギョンは呪った。

此の期に及んで人間らしさが芽生え始めている。

前に抱えたリュックの脇ポケット。そこに収まる黒色のステンレスボトルには灯油が入っている。ガソリンでも良かったが、免許を持たないミンギョンにとっては灯油の方が身近な存在だった。


どうせ死ぬのだ。


世の中を変えられるのならば、自分のちっぽけな命などこの国にくれてやる。

弟のヨンヒと東京駅で交わした言葉が去来する。

ヨンヒは今頃、横浜市営地下鉄の電車で同じ想いをしている事だろう。

ミンギョンはグッと唇を噛んだ。

電車がさっぽろ駅へと近づく。

ミンギョンはポケットの中のZIPPOのライターを握り締めた。

灯油を自分の身体にかけて火を点ける計画は自ら考えたものだ。爆弾など作る知識は持ち合わせてはいないし、セキュリティーでも不安があった。

テロであれば手段はなんでも良かったのだ。

犯行声明は後に仲間が出してくれる手筈になっている。

ミンギョンはステンレスボトルに手を掛けて、ポケットからライターを取り出した。

その時、目の前のスーツ姿の男性の手がミンギョンの腕を掴んだ。

ゲームに夢中になっていた筈のカップルが、ミンギョンに覆い被さる様にして身体を拘束した。

女性の声が耳元で聞こえる。


『公安です。もういいでしょうー』


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