最終話

 カーテンの隙間から零れる朝日。

 静寂を保つ暗い部屋、小さな寝息――


 ピピピッ!!! ピピピッ!!!


 の全てを叩き壊すほど盛大に電子音を巻き散らかす時計。


「んぁー……うるさい」


 半覚醒のまま片手を振り回し、枕元にあるはず・・・・の時計を探る。

 右、左、あれ? ……上?


「あれぇ……」

「ほら、もう三回目よ。早く目覚まさないと遅れちゃうわ!」


 ママだ。

 時計をもって腰に手を当てて笑顔でこっちを見てる。


 やられた。


「おきてる……おきてるから……」

「それはもう二回目! ほら、ベッドから出たら目が覚めるわ!」


 これは出ないと許されない奴だ。


 渋々と暖かな彼から抜け出し、春先の空気に冷やされたカーペットへと素足で降りる。

 冷たい。暖気を吸い取る様に足元から這いあがる冷気へぶるりと身震い、小さく口をとがらせると、横からクスクスとこらえ切れないように小さな笑い声が聞こえた。


「もぅ、はぁ。おはよ……ママ」

「はい、おはようフォリアちゃん! 朝ごはんもう出来てるわよ!」


 ねむい、けど起きたからには起きなくては。

 あーねむい。


 ぺたぺたと階段を降り軽く洗顔、歯磨き。

 髪の毛は……まあ軽く梳けばいいや。

 

 さささーっと朝のローテーションを澄ましリビングへと顔を出す。

 明るい暖色の証明。机の上には紅茶と目も覚める、それにチーズがアクセントのミネストローネにサラダ、二本のウィンナーとこんがり焼かれて湯気の出た食パンが一枚。

 奥のキッチンではママが鼻歌交じりになにかしていて、それと――


「おはようフォリア」


 眼鏡をかけた男がふにゃりと笑う。


「……?」

「どうしたんだい?」


 不思議そうにパパが首を捻った。


「いや……別に。おはよ、パパ」


 今一瞬、ほんのちょっぴりだけ何故だか不思議な気分がした。

 体験したことないような、違和感があるような……でも悪い気分じゃないような。


「ほら、早く食べないと学校に遅れちゃうよ」

「がくえん?」

「高等魔法学園、今日が入学式だよ」

「あ、そうだった」


 ご飯を口の中に押し込み、忙しない咀嚼の刺激でやっと寝ていた頭が回ってくる。


 そうだ、今日は入学式だ。

 ずっと、ずっと、ずっと行きたかった。

 あれ? いやでも別に高校なんて大体流れで行くし、ずっと行きたかったっておかしいか。


「ごちそうさま」

「はいはい、食器は片づけておくからフォリアちゃんは準備早くしてきなさい!」

「うん、ありがと」


 どたばたと騒がしく足音を鳴らし二階へ駆けあがり、直ぐに再びリビングへと顔を覗かせる。


「ママ、私のコート知らない?」

「コート?」

「ほら、あの……」


 上手いこと表現しようと広げた指だったが、はて私が想像していたのはなんだったか、ぴたりと止まってしまう。


 どの、だっけ?


「ああ、これかしら?」

「いや、それじゃなくて色が白い……」


 白、だったよね?


 そんな気が何故かしたけど、ママが広げているのは紺色の至ってありがちな学校指定のコートだ。

 いや、これでいいはずだ、多分。


 やっぱりなんでかよく分からない違和感を感じて首を捻る。

 けどまあ間違っているはずもないのでそれを受け取り、二階へと駆け上がって自室の扉を開けた。


「うん、あった」


 当然壁にかけてある制服。

 紺青のベースに金のラインが入ったリボンがいい感じ。


「フォリアちゃーん、お友達がもう来てるわよー!」

「え?」


 ともだち?


 一体誰だ?

 頭に疑問符を抱えカーテンを引き窓をがらりと開けて覗き込むと、まぶしい日差しの下、見慣れた二人が笑顔で手を振っていた。


「おはようございます! もう十分くらいしかありませんよー!」

「いーっす! のんびりだと遅れるよフォリっちー!」

「あっ、琉希、芽衣。おはよ。ごめん、ちょっと待ってて」


 こりゃまずい、二人共わざわざ私の家にまで来たのか。

 待ち合わせ・・・・・なんてしてたっけ? まあいいっか。


 バッグにスマホと小物、それと財布と……まあこんなんでいいや。

 あっ、それに忘れちゃいけない。


「えーっと……?」


 あれ?

 あの相棒・・どこにやったっけ?


「や、もういらない・・・・・・んだっけ」


 いらない? なにが?

 まあいいっか。


 制服を着込み、コートをひっかぶって今はまだ軽い鞄片手に部屋を飛び出る。

 紅茶を啜るパパが手を振る横で左手で軽く挙げ駆け抜け、そのまま玄関へ一直線。


 学校まで十分か、多分間に合うでしょ。


「えーっと靴……は……」


 シューズ……じゃなくて、学校だからローファーだ。


「いってきまーす」

「ああ、フォリアちゃんちょっと待って待って!」

「え?」


 奥からドタバタと駆けてくるママ。

 その手に抱えていたのは――


「――はい、風邪ひかないようにね」

「ん、ありがと」


 赤いマフラーだった。


 あったかい。

 それになんかぴったり合う気がする。


「いってらっしゃい!」

「いってきまーす」


 玄関を上げた瞬間冷たい風が吹き込む。


 おぉ……マフラーもってて良かったぁ。


「お、出てきた」

「二人ともおまたせ」

「よし、じゃあちょっと走っていきますよ! しゅっぱーつ!」


 琉希が駆けだす。

 けらけら笑いながら続いた芽衣、二人共足が速い。


「ちょっと待って、私体力ないんだけど……!」


.

.

.


「おっ、三人は今日から新学期かい?」


 信号を待ちながら他愛もないことを話していると、突然後ろから声を掛けられた。

 大人の男の人だ。

 どうやらつけているエプロンなどからして、すぐ後ろにある和菓子屋の人らしい。


 どっかであったことある気がするけど、どこだっけ?


「うん」

「じゃあちょっと待っててね」


 さっと店舗に戻り帰って来た彼が持っていたのは、なにやらピンの中に鮮やかなナニカがぴっちりと詰まっているものだ。


「これはお祝いってことで、うちの新作だから持って行きなさい。団子なんだけどね、君達みたいに若い子向けの見栄えが良いのを作ってるんだ」

「いいの?」

「帰りに感想でも教えてくれ! ほら、こっちは友達の分だよ」

「ありがとう、ございます」


 ピンクに緑、それとクリーム色の粉と濃い紫。

 どうやら瓶の中にみっちり入ってたのはそれぞれ味が違う餡子と黄な粉、中にはお団子が隠されているらしい。

 普通知らない人から物をもらうのは危ない気もするけど、まあこの人はなんか大丈夫な気がする。


 いやはや、朝からなんだかラッキーだ。


 おじさんへ手を振り学校へ再びランニングを開始。

 しかしキツイ。私こんな体力なかったっけ……?


「はぁ……っ! はぁ……っ!」

「フォリアちゃん大丈夫ですか!?」

「二人でおぶっていこうか?」

「だ……大丈夫……! いける……から……」

「いや瀕死じゃん! 絶対あかんでしょ!」


 やっぱだめかもしれん。


 震える足でよちよちとどうにか学校の正門にまでたどり着く。

 無駄にデカい門の横で箒を動かしていた、やたらと髪型がツンツンとしたウニみたいで目つきの悪い奴が近寄ってくる。


「おい君達、入学式遅れるぞ……お前大丈夫か!?」

「ウニは黙ってて……」

「ウニ!? もしかして俺の事か!? 初対面で失礼過ぎるだろ!?」


 うるさいウニっぽい人が箒を振り回し騒ぎ始めた。


 なんてうるさい人なんだ、ウニなのに。

 いや栗でもいいけど。


「まあウニみたいな頭してますよね」

「うん。棘皮動物で例えるならウニだね、フォリっちが正しい」

「なんなんだよ! おら初っ端から遅刻したくねえならその子連れてさっさと行けやオラッ! 掃除の邪魔なんだよ!」


 グロッキーな状態で二人の肩を借りながら、半ば引き摺られる状態で校舎へと侵入。

 飛びかけな意識で聞こえたのは、さっきのウニっぽい人が誰かと話している声だった。


「どうしたのキー君?」

「あー聞いてくれよ姉貴。新入生っぽい奴らがさぁ……」

.

.

.


「ということでお前たちの教師になる剛力――」


 入学式もそつなく終わり、やたらとムキムキして頭が丸刈りなタンクトップ一枚の担任の話も終わった。

 教室の左端、窓際の後ろから三番目が私の席だ。


「ういーっすフォリっち!」

「フォリアちゃん帰りましょう!」

「ん」


 幸運な事にクラスが同じだった二人が、それぞれの席から近づいてきた。

 バッグを持ち上げ二人へと駆け寄り、顔をちょっと見合わせて教室から足を出す。


「うごっ」

「あっ、ごめん」


 どん、と胸元を駆け抜ける衝撃。


 でも変だ。

 私は相当身長低いのに、まるで同じ身長の人とぶつかったみたいで。


「こども?」


 廊下でしりもちをついていたのは、身長が私とあんまり変わらない金髪の少女だ。

 ちょっと寒そうな白いワンピース一枚に、長い金髪の隙間からは少し尖った耳が見えている。


「無関係の人が学校勝手に入って来ちゃだめだよ」

「ぶっ飛ばすぞ結城フォリア、無関係も何も私は教授だ。第一貴様も私と身長変わらんだろうが」

「そっか、教授なんだ。すごい、じゃ」


 学園にはそんな人もいるのか。

 学校すごい。


 何かぶつぶつ言ってる教授を背に廊下を歩いていく。


「――おや、カナリア教授。どうしたんです?」

「む、剛力か。いや、なに、ちょっとした散歩だ……ふん、上手くやれた様だな」

「うまく? うちの生徒で何か気になる事でも?」

「他人なぞどうでもいいわ、ましてやまだ基礎すら習得していない新入生などな」

「その割には笑顔ですが」

「……別にいいだろ、それとなんだ? この私が笑顔を浮かべていたら貴様の精神は不安定にでもなるのか?」


 ちょっと振り返るとうちの担任とさっきの教授が話し合っていた、知り合いだったのかな?


.

.

.



「それでさー……私魔法使えないし……」

「うーん、それなら……」

「うちなら……」


 三人でさっき貰ったお団子を食べながら学校を抜ける。

 その時校門の裏から影が近づき、私へと声をかけてきた


「フォリア」

「あっ、パパ。ごめん、友達とあれこれ寄ってから帰ろうかなって」

「うん、そうかなと思ってさ。ほらこれ」


 ずい、と差し出されたのは傘だ。


「傘?」

「雨が降ったら大変だからね」

「あー」


 確かに。

 入学式でしょっぱなからずぶぬれ、風なんて笑い事じゃないかも。


 少し考えてからちょっとだけ上を向く。


「でも心配しすぎだよ、ほら」


 空は快晴だ。

 どこまでも蒼くて、雲一つない。

 透き通るような空気が満ち満ちている。


「すごい晴れてるもん、雨なんて降らないよ」

「……そうかい?」

「大丈夫だって、心配しすぎ。もう大丈夫だよ」


 私の視線に釣られてパパも上を向いた。


 どこかから飛んできたのだろう、桜の花びらがひらりと視界を横切る。

 何かに遮られることもなく舞い続けるそれを、私達は無意識のまま二人でじっと追って、すっかり視界から消え去った後――


「フォリアちゃーん! どうかしましたー?」

「早く行こー!」


 遠くで手を振る二人の声に、私達の意識が戻される。


「そうか……うん、そうだね」


 眼鏡の奥でふにゃりと優しい笑み。

 それは遠い、遠い記憶で見たのと同じだった。


「それじゃあ、いってらっしゃい。ご飯までには帰ってくるんだよ」

「うん、いってきます」


 パパへ手を振り背を向ける。


 さて、何処に行こう。

 前行けなかったスイーツでも食べに行こうかな? それともカラオケ? いやもしかして全部!?

 そうだ、全部行こう! 全部やっちゃおう!


「今いくー!」


 なんて天才的なんだ、自分の考えに拍手を送りたい。

 鞄をぎゅっとつかみ、気分一新その場から走り去った。




『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活! 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る