第346話

「わざわざ関係ない人達と戦うわけないじゃんばーか!」

「結城……フォリア……!」


 戸惑いも一瞬、素早く男は胸元から見慣れたナイフを二本抜き取り、女は腰ほどまでの木と金属が複雑に噛み合った大振りの杖を正面へと構える。


「……なるほど、大森林から跳んできたのか。狂った身体能力だな、直線距離でも相当あるはずなんだがね」

「会いたくて会いたくて空も飛べるくらいの気分だったんだ」

「それは素晴らしい、誰かに愛されるのは悪くない気分だ」


 吹き曝しの頂上、私の背後へと目をやり残してきた痕を見たのだろう、相も変わらずこちらを揶揄するかのような視線を向けてくるクレスト。

 


「クラリス君、状況は?」

「機関部へのダメージはありません、十分に起動できるかと」

「そうか、それは幸運だった。手間が多少省けるね」


「ここは私が」

「いや、君は作業に集中するんだ。私が行うより君の方が知識も経験も豊富だからね、確実に、そして迅速に頼むよ」


 影へと消えるクラリス。

 背後から襲撃でもするのかと構えてみたものの、魔法を放ってくるのなら匂いで分かる――どうやら彼女は本当にこの場から去ったらしい、甘い匂いはほんの少しすらしない。

 クレストが指示した通りどこかへ目的を果たすため向かったようだ。


 どうやらこの二人、私を待ち受ける以上に何か企んでいるらしい。

 クラリスを追いたいところだがクレストが前にいる以上、それを許してくれるはずもないだろう。

 なんたって彼はただ時を戻し続けるだけで、私がこの先に行くこと全てを妨害することが出来るのだから。


「また逃げるのかと思ったよ」

「これ以上君を逃しては、安心してこの先へと進むことが出来ないからねぇ……君はここで死ななくてはならない」

「そ、逃げないなら好都合だしいいよ」


 私の目的は今も目前にある・・・・・・・、彼だけだ。


 カリバーを肩で弾ませ、男はナイフを両手の内で遊ばせる。

 視線が絡まり、外れ――ほぼ同時、地を蹴って戦いの火蓋は切られた。


「君もっ、しつこいな!」

「誰かに愛されるのはッ! 悪い気分じゃないんじゃなかったっけ!」

「あまり多すぎると胃もたれをする歳でねっ! 日々やらねばやらぬことも多い、君ばかりに構っていられるほど時間もないんだッ!」


 速いっ、そして力強いっ!


 鮮烈な火花と共に響き渡る無数の金属音。

 互いの一撃を受ける度私達の足元に生まれた罅が掻き消え、上書きするように新たな衝撃波によっていっそう深々とした傷を生み出す。


 やはり明らかに以前の彼とは……いや、たった数日前の彼より圧倒的に力が増している。

 こちらも対応策を準備してきたとはいえ、これは今日を決行日にして正解だった。もし明日なら、明後日なら、一日ズレるごとに戦いはより苦しく、長く、困難なものになっていたのは間違いない。


「貴方のそのやらなくちゃいけない事ってのはっ、あんだけ大事だって言ってた国民を、国を斬り捨ててまでやらなくちゃいけないんだ! そりゃすごいねっ! バカみたい!」

「斬り捨てる? この私がッ!?」


 一瞬の隙、男の脳天へと捩じり込まれた一撃。

 しかし二本のナイフが挟み込むようにカリバーを受け止め、勢い任せに上へと切り払われる。


 互いに生まれた大きな隙。

 しかし私がクレストの腹部を強く蹴り飛ばし、互いに武器の届かぬ距離を取ったことで再びの膠着状態へと戻る。


「大森林にダンジョンがあった! あれも貴方があんなふざけた爆弾作って使ってるからでしょ!?」

「爆弾? ああ……モロモアスのことか」


 彼の喉が愉快気に音を上げる。

 しかしくつくつ・・・・とした笑いは次第に抑えきれず、ひどく大きい笑いへと変化した。


「ハハハハハハッ! この世界にダンジョンが生まれたのはモロモアスが原因ではない、魔天楼を築き上げた影響さ! 予測では我が国だけならまだ遠い未来の話だったのだがね、各国が情報を盗み幾つも築いた時点で運命は決まっていたよ! 私はそれを多少前倒しにしてるに過ぎない!」


 つまりあの消滅現象を起こす爆弾……いや、クレストの言葉を借りるならばモロモアスとやらか。

 モロモアスはあくまで補助であり、魔天楼によるダメージがそもそもの根本的な原因だという。


 だが彼の口振りからすれば、建築した、或いはそれから多少時間が経った時点で彼自身魔天楼の欠点に気付いていたということになる。

 ならば猶更悪質ではないか。

 遠い未来に崩壊が起こる、つまり魔天楼は一度ではなく継続的に世界へ損害を与えるという訳で……


「――そこまで分かってて……そこまで理解しててなんで止めなかったの……なんで……!」


 全てだ。

 全て彼の予定通りだというのか。


「これほどまでに豊かな生活を得て、今更それをすべて捨てろだなんて不可能に決まっているのさ!」

「自分の世界が滅びようとしているのに……!? 代替策だっていくらでもあるはずなのに!」

「それを作り出すのに一体どれだけの期間とコストがかかると思うんだい? 国民がそれを許容するわけがない。きっと彼らは口々に不満を訴え、報復を行うだろうね! しかし魔天楼を止めたその先はさらに悲惨さ、足りなくなった食料資源を奪い合うかつての日々に逆戻り……地獄絵図は間違いない!」


 男の演技がかった態度が一層増す。

 胸に手をあて、実に哀切に満ちた声で、恐ろしく憂愁を湛えた表情で。


「悲しいと思わないかい? ダンジョンの崩壊や消滅現象ならば誰が知る事もなく、悲しむ人間もいない。しかし魔天楼を停止すれば苦しみ、絶望しながら死ぬ人間は数えきれないほど出てくるだろう。これは意図的に作られる悲劇だよ! そんなこと、国民を愛する私が許容できるわけないじゃあないか!」


「だから私は何もしないのさ。彼らが欲するものを、欲するだけ与える。たとえ人が人の手によって滅びようと、ね。それこそが理想の王だろう?」


 男の口角が酷く吊り上がった。

 それは勝利を確信した者の笑み。侮蔑の優越の入り混じった醜く見るに堪えない態度。


 いったい今のどこに勝利を確信する要素があったのか。

 離す内容は支離滅裂で狂っている、まさかそれで私を言い込めたという訳でもあるまい。

 なら……


 男の襲撃を警戒しつつちらりと周囲を見やる。

 クラリスはまだ来ていない、それに誰か増援が来る気配も。

 それはクレストの刃によって足場へ深々と刻まれた傷だった。


 いや、ここだけじゃない。

 見渡す限りのありとあらゆる場所へその黒々とした石は隠されていた。魔天楼の頂上という遮るものの少なく強い日光が照らす場所だからこそ、影はより深く濃いものとなる。

 故に気付きにくかった。魔石を元にしたであろうその黒々とした宝石は、実に影と馴染んでいたのだから。



「――! これは」

「終わりだ、結城フォリア……消えろ」



 いつの間にか空を舞っていた男の嘲笑が空気を鳴らす。

 漆黒の翼を得意げに羽ばたかせ、こちらを見下しながら二色の瞳がきゅう、と狭まった。








「モロモアス、だっけ?」

「ガッ!?」


 余裕綽々で舞っていた男を叩き潰したのは、彼の身長など優に超える巨大な岩石の塊であった。


 無様に地面へと叩き付けられた男の元へ、ゆっくりと近づき笑いかける。


「言い忘れてたけど今日は落石注意報出てるよ」

「なァ……ぜぇ……っ!?」


 世界に傷は一つすらなく、魔石達は小さな爆発によってほんのわずかに地面を弾けさせる・・・・・だけで終わった。

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