第333話
先程ジンが作り上げマントを掛けられた切り株へ腰を掛け、ナナンに髪を手で梳かれながら静かに周囲を見る。
恐怖、疑惑、そしてただ一人だけ強い好奇心。
彼らは全員一つの組織に所属しており、ナナンを除いて全員が『第一の槍』と呼ばれる精鋭の兵団だそうだ。
ナナンは『第二の盾』の団長らしい、信じられないから多分嘘だと思う。
しかしなるほど。異世界の魔法がどれだけの水準にあるのかはまるで分からないけど、私の行く先を特定したり、連携して仕掛けた罠へ誘導するのはちょっとやそっとの訓練では身に付かないだろう。
そしてあの爆発する槍も実は扱いが難しく彼ら以外には使用許可が下りないそうで、確かに私以外であの爆発を正面から受ければきっとひとたまりもない。
そんな彼らが出張ってくるなんて、まあ随分と私も脅威に思われたものだ。
「直に転移魔法の準備が整う。あっと、君は……」
場を離れていた赤い髪の人……もといジンが木々の隙間から姿を見せ、困った様に言いよどむ。
そういえば言っていなかったか。
「私、フォリア。結城フォリア」
「そうか、フォリア君。貴女の待遇については心配しなくていい、こちらに負い目がある。悪いようには決してならないだろう」
「それにあんたが暴れたら皆ぶち殺されちゃうわ、刺激しないようにってお偉いさんは皆怖気づいてるのよ」
あっけからんと口にした内容に、ジンは額を抑え顔をしかめて深いため息を吐いた。
「ナナン……そういうのはもう少しだな」
「皆難しく考え過ぎなのよ、中身が
「私は人は殺したくない」
「そ。なら猶更普通の扱いの方が楽ね」
だが生憎私はあんまり偉い立場で振舞うことに慣れていない。
ナナンの取るやたらと気安く適当な態度は、畏まった態度を延々と取られるより何倍もやりやすかった。
「髪好きだね」
「ええ、とっても興味深いわ……ねえ」
彼女の声がやたらと真剣みを帯び、綺麗な瞳が私をじっと見つめる。
彼女の濃い蒼い瞳や髪は私の世界には存在せず、違和感はありつつも不思議とその色合いが自然のものであるとすんなり飲み込めるほどに透明感があり、とてもきれいだ。
物言いも基本的には楽くて素直、会ったばかりだけどすごく話しやすい。
一人で森を抜け、草原を歩いているときは耳にへばり付いた絶叫が、瞼に焼き付いた光景が何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も浮かび上がってきて、少し疲れていた。
誰かと話せることがこんなに楽なんて、久々に思い出せた。
「なに?」
「瞼弄ったり、眼球舐めてみていい? 後髪切ってもいい?」
聞き間違いかな?
ナナンが胸の前で両手をぐっとにぎりしめ、とてもキラキラした目でこちらをずっと見ている。
え? 本気?
「嫌だけどなんで」
「貴女異世界人なのに私達そっくりだわ、指の数までぴったり五本。でも流れてる体液の成分とか違うかもしれないじゃない、味を見てみたいわ。だからお願い!」
好きは好きでも解剖実験大好きっ子じみたマッドな好きだった。
「舐める必要ある?」
「人の舌程身近で正確な検知器は無いわ!」
「そうなんだ。でもやだ」
「ええーー!!」
諦めず伸ばして来た手をぺちぺちと叩き落とす。
適当に全部いいよなんて言ってたら全身解剖されていたかもしれない。
異世界人やばい。もしかしてさっきから髪の毛弄って来たのって、髪の毛弄るのが好きとかじゃなくて研究対象みたいな感じで観察してたのか。
「ナナンは異世界って言われて何も思わないの?」
ジンに頭を小突かれ流石に諦めたのか堂々と触ってくるのは辞めたものの、ちらちらと隙あらばこちらへ視線を向けてくる彼女へ、流れを変えるついでに先ほどから気になっていたことを口にする。
「え? ああ、私は」
瞬きの一瞬、世界は黒く塗りつぶされていた。
「――!?」
太陽に雲が掛かった?
いや、そんなレベルじゃない。
まるで夜だ、一瞬のうちに。
「ナナン? ジンさん?」
いない、ナナンが。
さっきまであんなに喋っていた彼女が、同じ切り株に座り込んでいた少女が。
いや、それどころか彼らの引き連れていた竜も、そして男達そのものすらをもが。
加えて先ほど近くに聳え立っていたダンジョンの入り口である扉は消え、木々は失せ、足元には膝丈ほどの草だけが鬱蒼と地を埋め尽くしている。
転移した?
さく、さくと草を踏み潰し、ふと浮かぶ疑問。
一体いつから、私は
「時が……戻ったのか」
いや、正確に言えば
転移したなら私は座った状態であるはずだ、そしてきっとしりもちをついただろう。
気付かぬうちに立ち上がっていたなんてありえない。
見上げた空には見知らぬ煌びやかな星が瞬き、周囲には少し冷たい夜風が満ち、草原を撫でていく。
さっきまでは明るくて太陽も頭の上だったのに。
少なくとも半日、可能性として更に数日間は戻ってしまったらしい。
となると……
「ですよね……ぇッ!」
甲高い風切り音が耳に入った瞬間、身体はその場から飛び退いていた。
すれ違いざまに髪を撫で肩を擦り抜ける一本の銀槍。
着弾と同時に周囲へ破壊を振りまく兵器は矢継ぎ早に私の進む先へと叩き付けられ、五度の転身を経て漸く爆裂の嵐は収まった。
月明かりのレモン色と夜の紫紺に染められた竜の翼と、その上で鋭い視線を向ける男達の眼光。
その顔に貼り付けられたのは緊張と恐怖ばかり、ちょっとばかしですら友好の色などありはしない。
時間が半日以上戻ったというのなら、まだ出会って一時間も経っていないであろう私たちの関係も、やはり同じく全てまっさらになってしまったという訳だ。
「またあのダンジョンに『翻訳』を取りに行かないと……」
今私は何処にいる?
ダンジョンのあった森はどっちの方向だ?
周囲は草、草、草。
どちらも似たような光景が広がるばかり、偶々走った先があの森であって詳しい道順なんて覚えているわけがない。
最悪だ。
やっと状況が好転したと思ったばかりなのに、どうにか会話を通じて関係を結べるかと希望が見えたあたりで、一体何のために撮軌を戻したのかはさっぱり予想できないが、クレストもあんまりにもやってくれるタイミングが悪すぎる。
男たちの振り上げた槍が月明かりを受け冷たく輝く。
来る。
見たことのある顔が、少しだけ言葉を交わした顔たちが、恐ろしい表情でで。
「――! ――ミ――!」
だが何故か、今までのように何を言っているか分からないはずなジンの言葉に、私は酷く引っ掛かりを感じて不思議と耳を傾けてしまった。
「君止まれッ! これ以上進むことは許さんッ!」
「っ!?」
言葉の意味を……理解できる……!?
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