第334話
「君止まれッ! これ以上進むことは許さんッ!」
「っ!?」
言葉の意味を……理解できる……!?
「くっ」
混乱から生まれた一瞬の硬直、それを彼らは許さない。
甲高い風切り音と共に飛来する無数の槍。
その一本を空中で掴み上げくるりと横回転、勢いに任せて反対方向へと投げ飛ばしそのまま背後へ思い切り飛びのいた直後、盛大な爆発が中空で炸裂した。
「嘘だろ……掴んで投げたぞ!」
「気を抜くなッ!」
気のせいじゃない……!
確かに聞き取れる! 意味を理解できる!
その一言一句に至るまで、勿論距離の問題で聞こえない部分を除けば私は今、確かに言葉の意味を理解できている!
いや、思えば影響をはっきりと理解した日、事務作業中に時が戻っていると理解したあの日、そして彼との直接交戦中に新たなスキルを得たことはない。
そもそも新しいスキルは自分が知らない動きをするし、本当に必要に駆られた時、危険なとき以外で獲得したくないからだ。
ならばこれは相当以前から……それこそあの日から
それともごく最近。魔蝕を発症してからどんどん体が変化していって、ついぞこうなってしまったのか?
魔力は記憶を蓄える。私の記憶がクレストの魔法で変化しないのなら、私の魔力や、身体に刻み込まれたスキルすらもが変化しないのか?
分からない。私は魔法の仕組みや構造なんて全然知らない、カナリアみたいになんでも分析出来たり、魔法を一から組み立てられるようなすごい人間じゃない。
だが、今はそれでいい。
いや、それがいい。
「《スカルクラッシュ》」
大ぶりな一撃が草原を打ち砕く。
半径数メートルほどの土、隠れていた岩たちが衝撃波を受け激しく舞い上がり、私のみを狙う槍は虚しく衝突と誘爆に巻き込まれた。
ジンさんは真面目だ、でもちょっと話しただけで分かるけど頭も性格も真面目で固い。
ナナンが必要だ。彼女の好奇心の高さ、そして柔軟性ならば私の話を全部とは言わないものの、ある程度のみ込んで理解し、行動してくれる可能性がある。
だがどうやって彼女に出会う? 前回はどうしてあのタイミングで彼女が訪れた?
ジンさんが第一なんとかでナナンが第二の何とかとか言っていたし、所属が違うなら今彼女はこの周囲にいないはず。
前回同様に逃げ回って彼女が現れるのを待つべきか、だが前回と全く同じ行動が出来ない以上、確実に姿を見せるだなんて言い切ることは出来ない。
現れるまで逃げ続けるか? いや、それは流石にうんざりだ。だがまた一から説明して、なんてのももうやってられない。
『それにあんたが暴れたら皆ぶち殺されちゃうわ、刺激しないようにってお偉いさんは皆怖気づいてるのよ』
唐突に脳内に過ぎるナナンの言葉。
そうか。
あまりにあけっぴろげな言い方でちょっと傷付くけど、ジンさん達に指示してる人たちが私にビビってるなら、逆にそれを利用したらいい。
そう……
「――いないなら、呼び出させればいいかな」
走りながら漸く遠方で見つけた森林地帯を睨みつけ、私は更に一段階走る速度を引き上げた。
.
.
.
竜は巨大だ。
翼を広げて端から端までで、大の大人が三、四人ほど両手を広げた程度にはあるだろうか。
当然そんなデカい翼を振り回していれば引っかかる。
森の中で自由に飛び回ることは出来ないため多少開けた場所か、或いは木の高さより上の場所で飛び、必要ならば降りてきて走り回らざるを得ない。
「来た」
故に、彼らの背後を取ることは容易い。
予想通り鬱蒼とした木々の隙間を抜け現れる、どこか
ぎょろりとした縦割れの瞳が周囲を舐め回すと同時、同じく騎乗した男が困惑したかのように小首をかしげ、忙しなくあたりを見回した。
ジンだ、後続には他の団員たちも。
彼の耳元で唯一きらりと光る小さな宝石状のナニカ。
彼は定期的にその耳元へ手を当て、一体何処か知らぬものの通信していた。
以前クレストは、私の世界の通信技術を参考に~などと言っていたが、恐らく彼の耳にしているそれも類似した技術の一つなのだろう。
要するに無線みたいなもんだ。
しかも団長の彼へ指示を出せる人間なら……まあ、多分めっちゃ偉い。
めっちゃ偉いならナナンも呼び出せる、呼び出せばなんとかなる。
「――イル様、どうし――た!? ……エイ……ル? 中枢! ――神官! 返答をッ!」
いざ飛び掛からんとした瞬間彼の赤髪が大きく揺れ動き、大きな叫び声が森へと木霊した。
なんだ? 何か騒いでる?
前回にもこんなことがあったのか?
もしかしたら私が見てないときに起こっていたのかもしれないけど……だが先ほどまでは慎重に森へと進んできていた彼らの姿が、今は混乱によって隊列すら乱れてしまっている。
だがチャンスだ。
「なっ!?」
木を二度蹴り飛ばし、彼らが槍を構えるより速くジンの竜の背中へと飛び乗る。
鋭い竜の嘶き、その体が警戒からか大きく震え大きく翼が広がり二本足で立ち上がった。
「ごめん動かないで、攻撃とかはしないから安心して」
「な……言葉を話して……!?」
手綱を握りしめ竜を制御せんとする彼の耳元でささやいた瞬間、赤い瞳がおおきく見開かれる。
動揺はジン一人に済まず、風に揺らめく草原のようにざわめきが団員たちへと伝播していく。
私にとって全て二度目の反応は面倒だ。
しかし色々いきなりで驚かせてしまった、後で落ち着いたら謝ろう。
「借りるね」
勝手で申し訳ないけど耳元の髪を軽くかきあげ、やはりあった紫の宝石状の何かを軽く引っ張る。
形としてはイヤホンに近いだろう。
耳の裏に引っかけて使うらしい、軽く押すとボタン状になっているので多分こちらから話すときはそこを押しながらしゃべるのだろう。
彼はしゃべる時だけ片手で耳元を抑えていたし。
すう、と少し冷たい森の空気を吸い込む。
「えー……」
……あれ? なんて言おう?
通信機ゲットしたは良いもののピタリと口が止まってしまった。
これで呼び出せると思ったけど、よく考えれば今の私はめっちゃ不審者だ。
ジンさんをいきなり襲って通信機器奪った相手が、ナナンと会いたいから呼び出してくれなんて言ってまともに動いてくれるか?
「えーっと……」
背中を嫌な汗が垂れていく感覚に口元が歪む。
やばい、ちょっとやってしまったかもしれない。
やっぱり前みたいにいい感じに逃げてナナンが出てくるまで待った方が良かった? それとも一から説明して仲良くなった方が良かったかな?
ずっと黙ってるのも不味いよね、どうにか怪しくないことと攻撃するつもりがないことと、仲良くなりたいアピールをしないと……!
「私は、全然本当に不審者じゃないんです。皆と仲良くなりたい、友達」
どうだ……!?
『たす、けて……ジン、
だがその声は好意的な返答でも、怒りの混じった怒鳴りでも、なにか疑うようなものでもなく……幼い少女の、震え、絞り出したかのような声で。
「……へ? ナナン? どうしたのナナン!?」
二度の返事は、なかった。
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