第315話
「技術の交流とは常に双方へ行われる。君たちが科学を基礎として魔法を組み込んだように、我々も君たちの科学を取り込んだ。中でも情報、とりわけ映像の伝達等は非常に興味をそそるものだったよ」
クレストの革靴が乾いた音を鳴らす。
彼は数メートルほど離れた机の上から、手のひらに乗る程度のなにかをひょいと掴み上げ、悠然とこちらへ歩み寄った。
「これはその一端、今は私と一部の人間以外が取り扱うことは叶わないが。魔力の記憶から音声と映像を抽出、ほぼ遅延なく描写することが出来る……とはいえ、今は我々が設置した装置の範囲内での話だが」
彼が手にしていたもの。それは随分とボタンやダイヤルが配置されてはいたが、どうやらリモコンの部類にあたるようであった。
「さ、こちらへおいで……いや、移動は私が禁じていたのだった。クラリス君」
「はい」
一体いつからそこにいたのだろう、背後から女性の声が響くと同時、私の縛り付けられた椅子がふわりと浮かぶ。
客観的に見れば優雅さすら感じる穏やかなその動き。しかし酷く切りつけられている傷口は、そのわずかな振動すら拒絶したくなるほどの痛みを生み出す。
ギリギリと己の奥歯が擦れ合う音を聴きながらついぞついたその場所で、はたと己の横にもう一つ椅子が並んでいることに気付く。
クレストが座るためのものか?
いや、違う。よく見ればそこには小さな、それこそ私ほどの身長の人物が力なく腰掛けていた。
「――カナ……リア……」
ひょう、ひょう。
彼女の口元から漏れる息は酷く細く、この静かな空間ですら聞き取ることがやっとのもの。
目は固く閉じられ、手足は力なくだらりと垂れている。私の様に縛られてすらおらず、もはやまともに動くことはないと高を括られているようですらあった。
「見たまえ」
がくん、と視界が上へ向けられる。
クレストによって顎が持ちあげられ、ただでさえ辛い呼吸は気道が狭められなおの事苦しくなる。
だが若干の苦しさ
「アスファルトが地を覆い、コンクリートが天高く乱立する。君たちからすれば生まれた時からの、実に見慣れた光景だろう?」
そう、見慣れた光景だ。
見慣れた、けれどこの漆黒の空間では決して見ることが出来ないはずの私の世界。それが実に鮮明に、細かなところまではっきりと空中で描写されている。
まるで映画館の特等席で見るかの如く大きな画面で、けれどスクリーンらしきものすら介在せず中空に投影されていた。
「――!」
「どうやら君が目覚めるのを待っている間に、大分装置自体が消えてしまったようだ……さて、君は一体何処から来たのかな? 大方の予想は付くのだがね」
見せたいものとは?
なんで私がどこから来たのか、なんて知りたいの?
そういえば、クレストと出会った時にも彼はこの映像を見ていて……!?
まさか。
彼が何を考えているのか、発言が思考内で噛み合わさっていく。
まさか、まさか本気で
その時、映像が再び切り替わった。
「……!」
私が息をはたと飲み込んだ瞬間、忙しなくボタンやダイヤルを弄っていた男の指先がピタリと止まる。
喜色の混じった声音と共に彼はリモコンをしまうと、二度確かめるように頷いた。
その景色に統一感は無かった。
家、線路、或いは商店街に並んでいそうな店の一つ。どれもが倒壊や破壊されている点を除いて、まるで普通の街並みをつぎはぎしたかのように滅茶苦茶だ。
だが、そのてんでバラバラな風景の、一つ一つのピースを私は知っていた。
いや、
「――ああ、やはり剛力君の町だったか」
これは……私達の町だ。
「本当は私と、そしてクラリス君だけがこの光景を見る予定だったんだ。勿論カナリア君がここへ訪れる可能性も考慮はしていたが、まさか君のような来客があるとは予想だにしていなかったよ。実に喜ばしい」
映像に音声は無かった。
そもそもそういった機能を準備していないのかもしれないし、もしかしたら私自身の心が聞く行為自体を拒絶していたのかもしれない。
ただ、仮に音声があったとしても意味は無かっただろう。
その風景に音を立てる存在など、何一つとして映っていなかったのだから。
「ぁ……」
「おや……あまり嬉しくはないのかな」
「は……?」
やめて。
「少し遠景から過ぎたかな? もう少し近づいてみよう」
やめて。
「――!」
景色が近づく。
路上に倒れていたものの詳細すらも、くっきりと。
割れた窓からは家の中すらはっきりと。
ああ、きっとこの家はあの地震でも幸運に耐えていたのだろう。だから家主や一家は避難せずにいて、だから、だから、だから……!
「ぁぁ、ぁぁああああああああああああああっ!!! もうわかったから……もう分かったからっ! もういいっ……! 私が憎いならはやく殺せばいいでしょ!? なんでっ! なんでこんなこと……っ」
喉奥から表現し難い低音が無秩序に溢れ出す。
目頭に何か釘でも突き刺されたかのような鈍痛が絶え間なく走り、耐えることなど出来ようもない
狂ったように頭を掻き毟りたいのに、今はそれすら出来ない。
地団駄も、腕を振り回すことも、天を掻き抱くことも、なにも、なにも、何一つも。
私には何も出来ない。
私には何も出来なかった。
もう何も聞きたくない知りたくない見たくない触れたくない感じたくないはやくおわれはやくおわらせてくれ
「そんなに嫌なのかい? それは……残念だな」
「ならっ!」
「けれど一旦見始めてしまったからには、最後まで見なければ。それに君が見送らなければ、彼らは誰からも知られずひっそりと死ぬことになってしまう。それは良くないな、一人で死ぬことは寂しいからねぇ」
「……ぅあ……」
見えない、見えない、みえない。
なにもみえない、なにもみない。
みるな、みるな、みるな、見るな、み
「こらこら、目を瞑っていたら見れないじゃないか」
髪の毛を鷲掴みにされ、首が天へと伸ばされる。
「見送ることも君の役目だと思うんだが……仕方ないね」
ちっぽけな拒絶は、たった一本のナイフで奪い去られた。
「瞼は……大切な君の一部だからね、落とさないようしっかりコートのポケットへ仕舞っておいてあげよう」
『――! ――――――――――――――!!!!』
「さ、次はこっちを見よう。ここは実に風景が美しくてね――」
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