第293話
「それとこれは真面目な話になるが……」
きりっと眉を吊り上げたカナリア。
「よかった、やっぱりさっきのは冗談だったんだね」
「いや、本当の話であることは間違いない。だから使うなよ」
この……っ!
「ぬわああっ!? やめっ、人のペンダント引っ張るなコラ! おい! 掴むところを首元に変えれば良いという話ではないっ!」
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「最近の若者は暴力的で困る」
確かに力は欲しい。
相手がどれだけの戦力、技、道具を持っているか分からない今、手持ちの駒の数はあればあるほど良いのも分かる。
しかし漫画の自爆スイッチみたいなノリで変な改造をしておいて、許されただけ優しいと思って欲しい。
すっかり伸び切ったワンピースの首元を悲し気に引っ張りながら、カナリアはぽつりとつぶやいた。
「……例えば」
「例えば?」
躊躇い交じりに宙を彷徨う視線。
一体どう話したらいいものか、そんな感情が彼女の顔に浮かんでいた。
カナリアが……何かを躊躇ってる……!?
傲慢不遜を擬人化したような人物が、恐らく重要であろう話を言い渋っていることに困惑する。
なんたってわざわざ真面目な話、なんて前置くほどだ。
私の心情は兎も角として、まあ、多分この胸の剣の話よりよほど大切な話なのは間違いない。
と。いう訳で身構え心して聞こうと背筋を伸ばしたのだが……中々彼女が口を開こうとしないから困った。
明日の戦いは避けようがなく、そして全てをの結末を決める戦いだ。必要なことはしっかり話してもらわないと困る。
「ねえどうしたの」
カナリアの頬が叩かれる、ぺちぺちと間抜けな音が響く。
石像の如くぴったりと固まってしまっていたカナリアも、根気よくぺちぺちしていると漸く意識がこちらへ戻ってきたようで、はっとこちらを向いて手を払いのけた。
「例えば、文字通り世界の艱難辛苦を背負うことで、万物を救うことが出来るとしたら……貴様は……きっと、それを選ぶのだろうな」
「……どういうこと?」
全てを……背負う……?
「もう少し分かりやすく言ってくれないと分からない」
結局話してもらっても意味が分からなかった。
全てだの、万物だのと、どれもこれもふわっとし過ぎである。
おでんに入ってるはんぺんよりふわふわだ、中身も情報も詰まっていなさ過ぎてこのまま空へ飛んで行ってもおかしくない。
しかし詳細を求める私に対し、彼女は手や首を振って返した。
「すまん、今のは忘れろ。何でもない。ただの譫言だ、私も少し疲れているらしい……」
「何それ! すごい気になるんだけど!」
大事そうな情報を取り上げられたまま、ぶっつり途中で話を切られてしまった私にとってはいい迷惑だ。
抗議に机を揺らすもダメの一言、全く取り合う気配すらない。むしろ最初口にしたのはカナリア側だというのに、鬼気迫る表情で舌打ちまでしてきた。
「何でもないと言ってるだろう! 明日は早いんだ、黙ってさっさと寝ろ!」
「……そんなに怒らなくったっていいじゃん」
どうやら本当に何も伝えるつもりがないらしい。
彼女の口ぶりからして、それは何かの手段ということだろうか。
今の作戦とはまた別の、もしくは今の作戦が終わった後にすることで、きっとそれは状況を変え得る一手、なのだろう。
なんたってわざわざ真面目な話、なんていうくらいだし。
だが伝えなかったということは……私では力不足、達成が不可能だと判断したのだろうか。
なんだか少し悲しい気持ちになって唇を尖らせる。。
色々あった相手ではあるが目標は同じ、今の世界をどうにか救おうと協力している関係だ。
そして最後の一手として組む価値があると彼女が判断したからこそ、今私たちはこうやって作戦だの、よく分からんスイッチだのを体に付けたりしているわけで、信頼はしてなくても力には信用してくれていると思っていたのだが。
嫌がっているのを無理に聞き出すわけにもいかず、しかし彼女の言う通りにのんびりと朝まで寝ていられない理由もあった。
「でもモンスターもあっちこっちにいるし、私も見張りとかしないと」
「一日しか持たないが結界を張る、だから休息を取れ。本当はこんなもののために魔力を消費したくないのだが……貴様が最高戦力の今、万全を期してもらわなければ困るからな」
なんと、そんなことが出来たのか。
長持ちせず効率も相当に悪いらしいが、安心して眠れるのは嬉しい誤算だった。
「だから早く眠れ! 食事は一日ばかし取らんくとも大して変わらんが、睡眠は肉体の全てに直結する! 兎も角睡眠を取れ!」
「分かった分かった、分かったからおこんないでよ」
「怒ってなどいない!」
◇
うっすらと開いた目へ赤みを帯びた日光が突き刺さる。
「朝、か」
ついに来てしまった、この時が。
眠りに落ちる直前、朝なんて来なければいいとわずかに祈ってみたものの、無慈悲な時の流れを変えることなど叶わない。
寝る前にくべておいたおかげでまだ燃え残っていた木がパチリと弾けた。
がれきの下から引っ張り出した布団代わりの襤褸切れをひっくり返し、布団代わりのコートをはたいて着込む。
伸びと共に不快な音を立てる骨へ耳を傾け、既に起きて動いていたママへ振り向く。
「おはようママ」
「おはようフォリアちゃん。ごはん……なんて言えるものじゃないけれど、食べるかしら?」
「うん」
ママの視線がずっとこちらを向いているのには気付いていた。
何か言いたげな、しかし言い出せないような。
でも、私は何も気づかないふりをして、ただ瓦礫の町を眺めていた。
「いただきます」
机に添えられた幾つかの実と掛けたコップに注がれた白湯、袋に包まれた小さな飴玉が一つ。
実を口の中に放り込み咀嚼、味を感じる間もなく水と共に飲み干し、飴玉はポケットへとねじ込む。
「ごちそうさま」
あの蜂蜜が如き濃密な甘さすら、今は感じなかった。
「フォリアちゃん……死なないわよね?」
背後から言葉がかかる。
何か返事を返さないと。そう思っているのに、喉から情けのない声が溢れそうになってしまい、拳を固く握りしめた。
ああ、本当に嫌だ。
ずっとここにいたいのに。
「母親が本当はこんな事、言うべきではないのかもしれないけれど。フォリアちゃんが本当に辛いのなら、逃げようと誰も貴女を……」
「――行ってきます」
返事は聞かなかった。
もし止められてしまったら、また迷ってしまいそうだから。
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