第294話

「私は戦う力がないから……貴女達に全部任せるのは心苦しいけど……」

「ううん、園崎さんの力があったから道が開いた。ここから先は私の、私達の役目だよ」


 ちらりと背後のカナリアを見る。

 興味なさげに足元の石ころを軽く蹴飛ばした彼女は、こちらの視線に気付くとそっぽを向いて鼻を鳴らした。


 最後の最後でも変わらぬ態度に少し笑う。

 まあいきなりしおらしい態度を取られた方が、何か病気を疑ってしまうかもしれないが、それにしたってもう少し神妙な態度の一つでも取ってくれたら、まだ決戦だという気分でも湧いてくる。


 肩をすくめ軽く首を振ると、園崎さんも小さく笑った。


「じゃあ、行ってくる」

「気を、付けてね」

「園崎さんもなるべく結界の外に出ないようにね」


 見送りは彼女一人だった。

 ちらほらと、再び風除けのために創られた四角い土壁の裏から人の目線を感じるものの、彼ら彼女らが姿を見せて何か言うことはない。


 もし鍵一が生きていたら、そこに並んでいたのだろうか。

 筋肉が生きていたら二人の後ろか前、もしかしたら私たちと一緒に戦いへ向かっていたのだろうか。


 浸るほどに抜け出せなくなる過去、もはや二度と戻らぬ悲しみに蓋をして、背を向け歩き出す。


「あんなので良かったのか」

「……うん」

「まあ貴様がそういうのなら構わん、私にとってはどうでもいいことだからな」


 綺麗な言葉での表現ならいくらでも可能だろう。

 でも、それはどうあがいても私の本心を表すには、あまりに似つかわしくないもので。


 怖かった。


 後悔のない別れ、そんなものできっこない。

 私は何で戦う? 皆を守りたいからだ。

 でも戦ったって勝てるか分からない。いや、きっと死ぬ。

 死ぬのは分かっていても、どうしようもなく最後の最後に残された希望に縋りたくて、だから自分を誤魔化して飛び出した。

 別れが来るって、考えれば考えるだけ、皆の事を思えば思うほどに別れたくなくなる。


『どうなるか分からないなら、助かるかすらも分からないなら、最期まで一緒に居た方が良い』


 ああ、本当に、笑ってしまうほど琉希の言う通りだと思う。


「よし、行くぞ!」


 それでも踏み出してしまったから、もう戻れない。


.

.

.



 体力の消費を抑えるため――とは言っても普段道を行く車程度の速度は出しているが――小走りで崩れた街道を駆け抜ける中、カナリアの鋭い声が頭上から閃いた。


「見えるか!」

「分かってる!」



 私たちの進行方向で小さな砂ぼこりが上がっていた。

 姿こそ見えないがモンスターであることは明白。

 それも一匹や二匹ではない、巨大な集団となって真っ直ぐにこちらへ押し寄せているように思える。


 ――この会遇は偶然? それとも……


「右に迂回して抜けよう!」

「うむ!」


 偶々こちら側へ走ってきているのなら、迂回して抜けてしまえば問題はない。


「ああ、やっぱり……!」


 冬の明朝に漂う冷気を切り裂き走る中、嫌な予感がやはり当たっていたことに顔をしかめる。

 そう、私達が迂回を始めた瞬間、目の前の巨大な砂ぼこりもそれを追うように大きなカーブを描き始めたのだ。

 そして垣間見えた群れの全長、相当奥まで伸びている様に見える。


「突っ切った方が速い!」

「くっ……仕方がないか」

「私が切り開く!」


 一人先に飛び込む。


 背後へ流れていく灰色のコンクリート。

 知らずに零れた雄たけびと共に地を駆け抜ける。


 消費は出来るだけ少なく……けど確実に抜けられるほどの道を作るには……!


 太さはそのまま、しかし長さだけは丁度へし折れた電柱ほどにまで伸ばされたカリバーが、まるで草でも狩るかのように無数のモンスター達の中心へと襲い掛かった。


「重……っ!」


 だが遠心力と共に肩、そして足腰へとかかる負荷はその数百倍。

 モンスターが一匹カリバーへと引っかかる度に骨を走り抜ける鋭い痛み、衝撃が内臓を揺らす。

 グリップを握りしめた掌が弾き切れ、スキルの力によって即座に回復する。


 重い、痛い……っ!

 でもっ、今私がしなければならないことと比べたら……っ!


「この程度のことおおおおっ!!」


 一撃。


 地を埋め尽くすほどのモンスターの群れに、がっぽりと抉りぬかれた巨大な穴。


 二撃。


 勢いのまま前方へ駆け抜け、再びの横撃が突き抜けた。


 灰燼と化すモンスター共の奥、小さな路上が顔を覗かす。


「カナリア!」

「本当に馬鹿力だ……なっ!」


 叫び伸ばした手に感じる人の温もり、同時に体を浮遊感が襲い空を舞う。


「はァッ!」


 回転の勢いすら消えぬまま弧を描き、激しい音を立てて地面へ着地した場所へ三日月状に深々と刻まれた痕がその衝撃を物語っていた。

 私を投げ飛ばし、反動で地面を力一杯踏みつけた彼女が影を落とす。


 背後へ群れ成すモンスター達の動きが掻き乱される。

 上手く切り抜けることが出来た。

 確信と共に彼女と顔を合わせ頷き、正面を睨みつける。


「よし! このまま……っ!?」


 しかし再びの絶句に次の言葉は切り落とされる。


 抜けたはずの影、切り裂いたはずのモンスター達、そんなものはほんのちっぽけな氷山の一角でしかなかったことを、むざむざと見せつけられたからだ。


「な……なんだこの量は……っ!」

「多すぎる……」


 影、影、影。

 右、左、前、後ろ、上。

 考えつくすべての方位から先ほど見たものが小さく見える程、巨大な影と砂ぼこりに覆われている。


 そうか……人や生き物がいないから……っ!


 人や生き物が創り出す雑音、それは普段この町に溢れている。

 だが今は見ての通り、まともに生き残ってる人間なんて一人足りとて見えやしない。

 当然、音は風などの自然現象に私達やモンスターが創り出すものだけ。


 私の足音に気付いたモンスターが激しく走る。

 その音に気付いたモンスター達がさらに大きな、そしてそれを更に、更に。

 群れのマトリョシカだ。違うのは大きな物からではなく小さなものから大きな物へと繋がっていくところだろう。


「どうする、のっ!」


 モンスターから飛び出した巨大な針を弾き飛ばし上へと声を張り上げる。


「くっ……先ほどと同じように、一直線で……」


 こうなってしまえば消費を抑えるなどと言っている暇はない。

 苦渋の顔で足元から魔法陣を展開し始めたカナリアへ頷き、私もカリバーのグリップを強く握り直したその瞬間……



「『無想刀・滅炎』」



 巨大な炎の斬撃が、背後のモンスター達を爆散させた。

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