第292話

 行ってくれ。


 その言葉に深く頭を下げていたが、何秒か、もしかしたらもっと時間が経ってはたと気付き顔を上げる。


「琉希、その……」


 だが思わぬことに、彼女は武器を握っていない。

 それどころかすでに背を向け、慰霊碑の元から立ち去りかけていた。


 私の声にふと足を止め、ちらりとこちらを向く琉希。

 その顔は――


「あっ……」


 今、一瞬笑って……?


 見たものを確認したくて掛けようとするも、後ろからコートを軽く何者かに引かれる。


「カナリア、なに?」

「おい、もう満足しただろ。以前も話した通り少し貴様にしなければならぬことがある、来い」

.

.

.



 彼女に連れられたそこは、地面に描かれた巨大な魔法陣が青白い輝きを浮かべ、甘い魔力の臭いが漂う場所であった。


「これは……一体……?」

「貴様と融合した深紅の剣、その調整を行うために用意した」


 中心へ雑に置かれた石へ彼女が顎をしゃくりあげる。


「まあそこに座れ。調整と説明、同時に行った方が効率がいい」


 何が何だかよく分からないが、言われるがまま取りあえず背中を向けてコートを脱ぐ。


 冬、しかも夜の冷気に晒される中、突如として一層の事ひやりとした感覚が背中に触れた。

 こそばゆいそれをなるべく気にしない様にぼんやりと遠くを見る。


「明日の作戦は単純明快。『幻魔天楼』は異世界の本体と鏡写しの同位体……つまり次元としては非常に近い場所に存在する。そこで昨日創り上げ、そして……この魔法式で直接トンネルを創り上げ、あちらの世界への侵入を試みる」

「……?」


「要するに一番近い所で穴を開けて向こうに乗り込むってことだ。成功は確約されている、なんたって奴らが直々に使用している魔法陣だからな」


 本来この魔法を発動するには膨大な魔力が必要になる。

 不安定勝つ膨大な魔力の渦巻く次元の狭間、それを飛び越え更に世界の壁、崩壊などの現象を抑える必要がある為だ。

 異世界側の人間は魔天楼から供給された魔力を使い補うことが出来る。しかし私たちは当然不可能、自分や魔石などの限られた魔力を使用しての突撃となるだろう。


「魔石に関しては昨日の崩壊等で多少回収しておいたが……」


 じゃらりと虚空から小さな石たちを机へ広げる彼女。


 相当な量だ。おおよそバケツ一杯分、それもレベル数千を超えるモンスター達の物、一般人ならばまず目にすることすらないだろう。

 これだけあればこの町で使われる魔力や電気など、おおよそ一か月分くらいは持つんじゃないだろうか?


 しかしカナリアの肉体創造などの魔法を見たことがある私には……


「少なくない?」

「いや、昨日少し魔法陣を改良してな、無駄を省き特定の場所で発動するために特化した。恐らくこの量で三回程度なら私たち二人をあちらの世界に送れる、十分な量だ。それよりも突入以前の話がある」


 地面へ描かれていた魔法陣が空へ浮かび上がり、私の身を包むようにいくつもの魔法陣へと分化を始める。

 作業が本格的に始まったのだろう。目まぐるしく移り変わる文字と図形、私にはまるきり理解できない。


 まあ理解できないからこそ会話に集中できるのだが。


「当然地震の発生源はこの幻魔天楼だ、当然ダンジョンの密度も近づくほどに増え……崩壊した数もそれに比例する。つまりここらとは比べ物にならないほどのモンスターがひしめいていると思われる」

「なるほど……殴ればいいんじゃない?」

「貴様は時々凄まじく知能指数が低下するな。何故だ? 馬鹿になるスイッチでもあるのか?」


 そんなものがあってたまるか。


「……分かっているだろうが、今私たちは奴の時を戻す魔法についてほぼ打つ手がない。よって戦闘の長期化は悪手、短期決戦で奴が魔法を使う前に殺さなくてはならぬ」

「うん」

「手加減はするなよ」

「大丈夫、多分」


 幾ら塔を止めると言ったところで、クレストが生きていれば何の意味もない。

 いくら本体を止めたところで彼が時を戻してしまえば全ては無駄になる。止まった物は動き出し、この世界の崩壊がまた一層進むだろう。


「でも停止させるって、方法とか分かるの?」

「その点については問題ない。狭間の中でダンジョンシステムを構築している中、こちらの世界の観測と共にあちらの世界も観測していた。魔天楼の構造から命令系統、一切について把握は終わっている」


 とのことでどうやら普通に止めることは可能らしい。


「まあ最悪物理的にへし折ってもいいんだけどな」

「え!? いいの!?」

「あちらの世界では暴走時や崩壊の対策が無数に取られている。破壊された塔が倒れることでの被害は出るだろうが、世界の崩壊は起こらないだろう」


 よし、終わったぞ。


 ぺしっと背中を叩かれコートを羽織り直す。


 寒かった。

 下に薄い長袖を着てるとはいえ、流石にそれだけで冬の夜を耐えるのは厳しい。


「結局これ何してたの?」


 立ち上がり、肩をぐるぐると回したり、飛び跳ねてみたり、身体を伸ばしてみたり……が、いつも通り。

 なにかされたのは分かったが、しかし自分で変わった感覚は全くない。


「うむ、剣の力についてのオンオフだ」


 要領を得ない回答に首をひねる。


「今は魔力の排出だけであった。当然だ、本来はクレストの魔法を封じることだけを目的としていたからな」

「うん」


 そう、私の魔蝕を止めるために使われた深紅の剣であったが、本来の用途は全く異なるもの。

 今もなお輝きを放つ魔天楼と同じ構造をしており、人に突き刺し融合させることで体内から魔力を強制的に排出させ、魔法の一切を封じることが出来る。

 この力で本来はクレストの時を戻す魔法を封じるのが、カナリアが当初予定していた唯一の対策であった。


 ……正直私の今までの人生的にカナリアについて思うところは結構あるのだが、この剣で助けて貰ったことなどもあって何となくお流れになっているところがある。


「だが排出可能な道を体内に創ったということは、外側から取り入れることが可能ということでもある。特に貴様の体質、驚愕すべき魔力との親和性などを考慮すれば、むしろこちらの方が効率的だと言えるだろう」

「つまり?」


 一体どういうことなの?


 カナリアの嘆息。


「要するに起動すると魔蝕を再び発症させるようになった。起動するときは胸に手を当て『リアライズ』な」

「人の身体に何入れてくれてるの!?」


 なんかとんでもないことをされていた。


「以前のように意識を失っての暴走はしない、多分。それよりあの巨体だ、同じ魔力でも元の肉体が強いほど効率は上がる。手札は多ければ多い方が良いからな、まあ所謂最終兵器という奴だ」


 今多分って言った? 気のせい?


 曰く、剣の力によって均衡状態を保たれること、そして私の体質もあり恐ろしいほどの速度で魔力が馴染んでいる……? とかなんとか。

 魔蝕は魔力の中に含まれる記憶が、身体の魔力にある私の記憶を大幅に超え塗りつぶされて、本来の姿を保てず適応しようと変異してしまうわけだが、私は特殊な状態に置かれたことで耐性などもついてきているらしい。


 よく分からんがつまり体は変化しても記憶が上手いこと……こう、良い感じに守られているということだろう。


 どれ、早速やってみるか。


「えーっと、胸に手を当てて? 『リアラ……』」

「今使うな馬鹿! もし貴様が暴れ出したら私が死ぬだろ! 最後の最後にヤバくなったら使え!」

「やっぱり危ないんじゃん!」

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