第290話
葬儀……などという大層な名など付けられそうにない、処理に近いそれはすぐに終わった。
本来ならば頭蓋骨など大きな骨は燃え残る様に調整するらしいが、経験を積んだ老爺と言えどもその手の物は流石に素人、多くの骨すらをもが灰と変わってしまった。
少し失敗したと本人は言っていたが、恐らくわざとだろう。
何故か? 頭蓋骨などがまるきり残ってしまえば、きっと限界まで耐えていた人々は直視した瞬間、耐え切れないだろうからだ。
果たして彼の判断が正解だったのか私には分からない。ただ、炎が尽きた後、数人は灰だけが残る地面を見て、脱力したような、捉え方によっては安堵にも感じられるため息を漏らしたのだけは聞き逃さなかった。
「これで終わり、ですな。簡易の物ですが、また余裕が出来た時に本格的なものは拵えましょうぞ」
「うん……馬場さんありがとう」
最後、灰は可能な限り全て掻き集められ、一か所に埋められたその上へ大きな岩が置かれた。
表面の一部を滑らかに切り裂かれたそれには、刀によって刻まれた
『犠牲者慰霊碑』
正式な手順だとかそういったものは一切考慮されていない、ただただ一目でどんなものか分かる為だけに創られた慰霊碑。
現代の整備され切ったお墓を見慣れた私たちにとって、その『墓』は酷く不格好な出来に見えた。
吹き荒れる風の中、いくつか残っていたドラム缶で作られた焚火が、煌々とした灯りと熱を周囲へ分け与える。
お菓子や酒などを捧げておきたいところではあるが、生憎とそういったものの大半は崩れた建造物と地面が美味しくいただいてしまった。
花すら添えることのできない代わりに、未だ多くの人がその前へ縋りつき祈りを捧げている。
「はぁ……」
緊張から胸が激しい動悸を始める。
正直これを今告げるべきなのか、遺体を燃やしている中で何度も考えていた。
もはや猶予は残されていない。
とはいえたとえどんな弱いモンスターであっても、奇襲されて背後で消滅など起こってしまえば、流石に私たちと言えど危険だ。
よってやはり予定通り、明日の明朝にここを発つ……それは確定事項。
――だが、ここの最大戦力は私。その私、そしてカナリアが離れれば、当然大きく戦力は削がれてしまうだろう。
まだ琉希がいる、経験豊富な馬場さんやママもいる。だが、それでもたった数人に負担がかかれば、きっとそう長くはないうちにみな潰れてしまうだろう。
「フォリアちゃん……大丈夫かしら? 気分悪いの?」
「大丈夫だよママ、私は大丈夫」
不定期にモンスターが襲ってくるので狐面は被り目元を隠していたのだが、どうやら少し呼吸や動きが挙動不審になっていたようだ。
口角だけを吊り上げ平気だと手を振る。
迷ったわけではない。
皆を守るためにここに残るなんて、そんな馬鹿なことを言い出そうとしているわけでもない。
ただ、ここにいる人たちへ何も言わずに出る……それはどうかと思っただけだ。
早く終われば皆が死ぬことはないかもしれない。
だが、そんな確証なんてない。それどころか、そもそも私が勝つかどうかすら――かの存在の力へ対抗策すらなく戦いに行くのだから――はっきり言って分からない。
いや、言い切ってしまえば負ける可能性の方が圧倒的に高いだろう。
一縷の希望に賭けるだなんて聞こえはいいが、ワンチャン祈るぜ! なんて宝くじなどに有り金全部突っ込むようなもんだ。
流石に私も、私自身アホなことしてるなと思っている。
まあ、どちらにせよそれ以外に皆が生き残る道なんてないんだけど。
すぅ、と冷たい空気が肺奥へとなだれ込む。
「聞ける人だけでいい、私の話を聞いてほしい!」
その瞬間、周囲の視線が突き刺さるのを肌で感じた。
「今から話すことは全部本当の話。私の妄言なんかじゃないなんてことは、きっと聞いてくれれば皆理解できると思う!」
驚いたようにこちらへ向いた視線たちが、今度は疑問を含んだものへと変わる。
それは、私の横に立つママですら同じだった。
「それは今、私達を苦しめているこの地震、そしてダンジョンやその崩壊について!」
「おい貴様っ、それは!」
「カナリアは黙ってて!」
元々、そもそもいったところで信じて貰えるものではない。それに混乱を防ぎ、クレストへ気付かせないためなど様々な理由でこの件については隠していた。
しかし今の子の現状、隠しておく意味はさほどない。そしてこれは私自身のけじめのためにもいう必要がある、そう感じた。
「気付いている人も多いと思う! ダンジョンで得られるステータスは、決して自然に発生した物じゃない! 数値、文字、それらは人間が創り出したものなのだから、当然それが使われているダンジョンも人間が関係しているんだって!」
何人かがコクリと頷いた。
それは世間での禁忌……というには少し軽い、いわゆる噂話程度の物。
「事実! ダンジョンはここにいる……カナリアが作った! カナリアは異世界から来たエルフ、見ての通り長い耳を持ってるし凄い長生き! その上魔法も使える、自称魔法の天才!」
私がばさりと彼女の長い髪を煽り上げ、露わになる長い耳。
ちらりと髪の隙間から見た程度では気付かないが、こうやってはっきりと見てしまえば分かる。
それは個性などというものでは片づけられない、明白な人種……あるいは生物としての差。
私の発言と暴露から十数秒。
唐突過ぎる話しながらも、漸く理解をした内の一人、若い男の人が肩や目を怒らせ立ち上がり、激しい足取りでこちらへ近寄って来た。
「じゃあなんだよ……全部そいつのせいだっていうのか……? ダンジョンを創ったのがそいつだってのも信じられねけどっ、このタイミングでそんなこと言いだしたってことは、袋叩きになる覚悟位出来てるんだろうなぁ!?」
振り上げられる拳。
しかしそれは私の伸ばされた腕で容易く止められる。
「ンだよっ! そいつを守るってのか!?」
「お願い最後まで聞いて」
別にこの人に殴られたからと言ってカナリアが怪我をするわけではないが、しかし一人が暴れればきっと収拾がつかなくなる。
「皆はダンジョンのせいでこうやって多くの人が死んだと思ってるのは分かる。でも実際は逆、人々はダンジョンに守られていた……ダンジョンによってモンスターはどうにかその場に捕らえられ、限界まで押さえつけてくれていたの」
これは真実ではない。
正確にはモンスターではなく魔力、その上消滅という現象も絡んでくるのだが、流石に全てを説明することは難しい。
第一消滅は私などの特殊な体質以外では記憶することも出来ないのだ。見えない、感じない、覚えていないのなら、それは他の人にとって存在しないのと変わらない。
「唐突過ぎてきっと理解は難しいと思う。でも、全ての原因は分かってる」
私の突き刺した指先、それを辿る様に人々の目線が空を向いた。
たとえそれは暗闇の中でも、ぼんやりとした奇妙な輝きを自ずから発している。
『人類未踏破ライン』、『蒼の塔』、呼び名は無数にあり、しかし真の名前はこの世界の誰一人として知らなかった。
その名は……
「『魔天楼』。それがあの蒼い塔の名前であり、今世界中の人々が苦しんでいる元凶。それを止めに行くために、私は明日ここを出る」
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