第289話
疲れた顔を浮かべる人々の中一人の女性が立ち上がり、一心不乱にこちらへ駆けだす。
「キー君は……!?」
園崎さんへ、私は何も言葉を掛けることが出来ない。
「そう……なのね……」
ただ、私の後ろ、地面ごと抉り抜いた一枚の板に乗せられ、動くことのない彼を見た園崎さんは、それ以上何も言わずその場に崩れ落ちた。
「まさかとは思ったの……でもあの子はトラウマがあるからそんなはずないって……! 私が……私が伝えなければ……っ!」
「園崎さんッ!」
その先を言うのは、彼の行動全てを冒涜するに等しい。
自分の力が及ばぬ領域、目に見えた危険、分かっていて飛び込んだ彼は愚かだろうか。
確かに、それが何の意味もない犬死だったのなら、そう言えるのかもしれない。
だが……
「――ウニは……鍵一は、凄いよ。希望を守ったんだ、あの魔法を必死に」
「そう、ね。頑張ったんだもの、うんと褒めてあげないとだめよね……!」
偉いね……! 頑張ったね……!
遺体を抱きしめ、その二言を繰り返していた彼女であったが、暫くすると声は掠れ、やはり啜り泣きへと戻ってしまった。
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夕暮れ空。
橙色が紫に塗りつぶされる頃、一段落がついた。
「こんなところだけどごめんね……」
まだ幼い、小学生にすら至っていないであろう子供の胴体をそっとその場へ降ろす。
その一か所は、おおよそ小学校の校庭程はある面積であった。
木やコンクリート、金属などの大小ある破片が取り除かれ、剥き出しの抉れた地面が露わになって……いた、先ほどまでは。
しかし絶え間なく運び込まれる死体、肉塊、残骸。
その多くは既に完全なる形を失っており、しかし確かに人であったと分かる。
この唯一残った避難所の周囲、モンスターがいないとされる場所に倒れ伏していた人々の遺骸がここへ集められていた。
「……これで最後かしら」
ママの言葉へ頷く。
無残に刻まれた人の残骸を見て吐き気だとか、恐怖を覚えることはなかった。
顔が見知っていてほぼ毎日言葉を交わしていた相手だからだとか、そもそも自分の身体でそういったものを見慣れ過ぎてしまっただとか、何かを受け止められる許容量を既に通り過ぎてしまっていただとか、付けようと思えばいくらでも理由は付けられるだろう。
だが何も感じないことが今は楽だった。
私の集めていた丸太や家を支えていた木材、そこいらに落ちていた小さな枝などが、地面を埋め尽くす死体の上に積み上げられていく。
「本当に良いのですな?」
「……おねがい」
死体集めを手伝ってくれた人たちが見守る中、馬場さんが刀を顔の横へ構える。
季節は冬。体の芯から凍える冷気へ晒すしかない中、人の身体はそうやすやすと腐るものではない。
しかしながら虫、菌、鳥などの動物は人の意志など関係ないとばかりに、無慈悲な生態系の連鎖を続けようと生きている。
科学力によって整えられた設備などこの世界には既に存在しない。彼らの身体が無残な姿へ変わる前に燃やしてしまい、一か所に弔うべきだという声が上がった。
それは衛生という面でも確かなものだ。放置した肉が腐れば虫が湧き、病気も蔓延する。
一人ならまだしも、ぐるりと見回すだけでいくらでもそれらが目に入ってくる今、危険性は決して万が一というほど低いものでもなかった。
決定が早過ぎるという反対意見も出たが、しかし多すぎる賛成派に流され結局潰えた。
もしかしたら、私達は死体を目の前にすることでどうしようもなく流れ込んでくる現実から、どうにかして目を逸らしたかったのかもしれない。
だが、それ良かったのだろう。
目を逸らそうと直視しようと、どうしようもない現実は常に私たちの横へ寄り添っている。ならば辛いことは忘れ、今をどうにか生きるための区切りを作った方が良い。
「『無想刀・滅炎』」
馬場さんの握る刀へ青白い炎が纏わりつき、横一文字へ緩やかに薙ぎ払われる。
ダンジョンシステムによって矯正されるスキルは、本来これほどまで緩慢な動きを許容しない。
モンスターを倒すために放つスキルは威力が高ければ高いほどに喜ばれるのだ。
はたと彼の顔を見れば汗をかき、その腕は酷く震えている。
スキルの導きを無理やりに抑え込み、決して死体を切り刻まぬよう。
誰かが叫び、暴れ、飛び込もうとして抑え込まれる。
一人ではない。老若男女問わず、後戻りのできない悪夢のような光景を前に食いしばり、感情と共に誰かを抑えていた。
「あ、ああ……キー君が燃えちゃう……!」
呆然と目を見開きフラフラ歩きだした、隣の彼女を抱きしめ首元を軽く抑え込む。
事前に予測していたので、園崎さんや暴れる人の元へカナリアが宙を舞い近寄ると、軽く額を人差し指で押し込んだ。
瞬間、彼らの四肢がふらりと力を失う。
本来ならばそう簡単に着火しない太い丸太も、魔法の灼熱に炙られればなんてことはない、容易く煙、そして大きな炎を上げた。
もうもうと噴き上がる煙が果てしなく舞い上がり、黒く塗りつぶされ始めた空を覆う。
人はたっぷりと水分を含んでいる。
一度の着火で激しく火を吹き上げたかと思えば、遺体から滲みだした水分が瞬く間に熱を吸収した。
その度に馬場さんは刀を薙ぎ払い、気が付けば炎が消えることは無くなり、その肉や骨すらをも食いつぶすように炎が燃え盛っていた。
暗闇に塗りつぶされた世界、巻き上がる炎を囲む人々の陰鬱な表情だけが照り返す輝きにぼんやりと映し出される。
人を救う神などどこにもいない。そんなことは分かっていても、指を組み、ひたすらに何かへ祈る人。
譫言を上げ続ける人。
泣いてもなお噴き上がる涙をこぼし続ける者。
それは、死者の数に比べて、あまりに弔う者の少なすぎる葬儀であった。
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