第287話
「お姉さんの魔法で空飛んでる時に見たんだ、てっぽう持って走ってる人。そこの人と同じ服着てた」
そう言って彼が指さしたのは園崎さん。
この町に支部はここしかない。それに芽衣が一時的にバイトで入ってはいたが、元々探索者の数も少ないため本来の職員は園崎姉弟だけ。
その服を着た人は間違いない、ウニだ。
「どこで見たの!?」
「えっとね……」
純粋な目がどこかを向く。
彼が指さしたその先は……
◇
「おい、貴様もついて来い。私は回復魔法なぞ使えん、貴様らからすれば下らん私情より人命の救助が優先ではないのか」
「……分かりました」
一瞬戸惑った表情を浮かべるも、カナリアの言葉にも一理あると悟った琉希。
協会の避難所にいた、そして彼女が連れてきた生存者の敬語はママたちが任せろと頷き私たちは飛びした。
私は地を駆け二人は空を舞う。
幸か不幸か。まっさらになってしまった町はある意味で人探しは容易い。
少年の指差した先を中心として駆けずり回り、動く影に一喜一憂する中で零れるのは不満。
「なんで危ない所に飛び込むような真似……っ! 戦えない癖にっ!」
ウニは戦えない。
本人はもう随分と立ち直ったつもりらしいが、友達とダンジョンに潜って自分以外が死んだトラウマから、今でもまともに武器を握れないと語っていた。
そんな奴が何でっ、銃なんか抱えて……!
小さな地響き、連なる影が視界の先に現れる。
感情や思考の整理はつかぬまま敵だけは絶え間なく襲ってきた。
「二人は捜索優先して!」
モンスターそのものに私たちをどうこうできる力はない、傷一つすらつけられないだろう。
だがモンスターの成れの果て、消滅には抵抗できない。
レベル、強度、そんな全ての概念など世界の消滅からすれば些細な差であり、それは恐らく私にも耐えられないだろう。
だが、飛び出そうとしたその直前、カナリアの甲高い悲鳴が響き渡った。
「おい不味いぞ! あそこには資料がっ」
彼女の視線の先にあったのは仮設のテント。
そう、私や園崎さん、そして何よりカナリアが、筋肉の遺した手帳を解析するため、協会から離れた場所に建てたもの。
……だが昨日見たすくりと立ちぴんと張られた屋根は何処へやら、へし折れ、一部は
背筋に冷たいものが走る。
「金庫は……」
「あそこにあるに決まっているだろう! そう決めたのは私たちなのだからな!」
件の魔法について解析した資料は一つしかない。
理由は様々だ。
まず誰かが持っていた場合、解析を行っているときに特定の人物が欠けていれば、勿論その人物が来るまで作業が滞る。
知識量の問題からカナリアに比重が傾いているのは当然だが、それでも人間が二人いれば作業は少なからず進む。
昼間は他の作業も多く、夜の限られた時間で少しでも早く動きたかった私たちにとってこれは大分痛い時間のロスだ。
そして解析と並行し、カナリアの手によって加工されているそれらは、後は発動するだけになっていた。
勿論その加工は容易ではない、大量に生産することも厳しい。よって私、園崎さん、そしてカナリアの誰かが抱えていた場合、何らかの理由で死ねばその瞬間失われる可能性が考えられる。
そのため私たち三人だけが場所を知り、取り出せ、そして滅多には他人に奪われたりしない方法で保存しておく必要があった。
その資料が入った金庫は……彼女の言う通りあのテントの下にある。
金庫は一般人には見えないよう加工されている、元々協会で重要な資料を仕舞う時用のものであり、協会という概念が消え去った現状では無用の箱だ。
開くためにも特定の過程、そして認証を踏まなければならず、当然恐ろしいほど頑丈。
生半可なレベルのモンスターの攻撃でもびくともしない、これほど丁度いいものもなかった。
――だが、消滅ならば?
どんな広い範囲だろうが、頑丈な物だろうが、その理不尽なまでに無慈悲な世界の収束には耐えられない。
「っ、でも今はそんな事よりウニ探さないとっ!」
「そんな事!? あれが消滅したらどうなるのか分かっているのか!? ああクソっ、これならばやはり私が持っておくべきであった!」
苛立たし気に崩れたその元へと進みだすカナリア。
当然こちらの制止には聞く耳すら持たない、それどころか怒りをぶちぶちと吐き出し始める始末。
「こうなった以上一分一秒が惜しいんだぞ! 一人の命と世界の存在、天秤にかけるべくもない!」
「カナリア! それはっ」
「五月蠅い五月蠅いうるさいうるさいっ! 命が大事などという青臭い議論など聞く価値もないっ! そんなことは分かりきった上でどう区切りをつけるか、そんなことも理解出来んのか貴様はっ!」
「分かってるっ! でもっ!」
「ちょっと二人共! 喧嘩しないであれ見てくださいっ!」
琉希が指差したのは、今カナリアが向かおうとしていた正にその場所。
崩れ落ちた布地の屋根の下、特徴的な髪型と、何よりべったりと地面を染める深紅が目を惹いた。
「あれは……!」
もはや何も言うことはなかった。
三人視線を交わすことすらなく走り出す。
「酷い怪我……っ!」
駆け抜け、真っ先にたどり着いた私は彼の身を、瓦礫を弾いてどうにか外へと引き上げる。
もはや生きているのかすら分からない。
右足は付け根からごっそりと抉り取られ、左足にはなにか巨大なものに踏み潰されたらしく、悍ましい方向へと曲がり、肉は抉れ、白い骨が突き出していた。
その上顔は青を通り抜け蝋かなにかで塗り固められたかのように真っ白、しかし右腕から胸にかけては焼かれてしまったのか赤黒く染まり異臭を醸し出している。
なんだ、これは……っ!
どこに触れていいのかすら分からない、見知った人物のあまりに無残な姿。
心臓が跳ね、私の吐き出した白い息が虚空へ拡散する。
「ねえウニ聞こえる!? 今来たからっ、生きて……!?」
どうにか拾い上げ握りしめた彼の左手は、ともすれば凍り付いているのかと勘違いするほど冷たいものであった。
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