第286話
私たちは守るために戦っていたんじゃないのか……?
皆を守るために、こんなものを見ないために……!
覚悟
「だ、大丈夫!? フォリっちおなか痛い!?」
「……大丈夫、ありがとう」
芽衣の背後、音もなく忍び寄り大顎を開ける蛇に似た怪物へ、足元に転がっていた小石を弾き吹き飛ばす。
視界の奥、密かに銃を構えていたママへ頷くと、彼女も笑みを浮かべ銃口を下ろした。
普通なら一度消滅が起こってしまえば、当然だが同じダンジョンから現れたモンスターはほぼ同じタイミングで消滅を起こし、そして粗方のモンスターはそれによって消滅する。
だがあまりに新しく発生した、そして崩壊するダンジョンの数が多すぎるせいか、一度波を超えたからと完全に気を抜くことが出来ない。
こんなちっぽけな街でこれ、か。
今他の場所は一体どうなっている? この先、私たちがこの地震の原因……魔天楼を止めたところで未来はあるのか?
今まで通りの生活なんて無理だ。インフラ、経済、人口、土地、国そのもの。存在しうる全てはもう無茶苦茶に掻き乱されて、二度と戻ることはない。
一つの事を考えるだけで幾つもの懸念が鎌首をもたげる。
いや……はっきり言ってしまえば、この世界はずっと昔に『終わってた』。
私たちは世界の残り滓にしがみ付いて、掠れかけた靄のようなものを希望と呼んで縋りつき、まだ希望はあると一心不乱に唱えて自分たちを誤魔化してる。
戦うなんて……どうにかなるなんて……全部、ぜんぶ……っ!
「ひょあ!? 本当にフォリっち大丈夫!? ヤバくない!?」
ドンッ!
突如として地面に額を叩きつけた私へ、目を丸くした皆の目線が突き刺さる。
――違うだろ。
反省も後悔も絶望も全部後。
藻掻くんだ、最後まで。不満なら死ぬ直前にいくらでも吐き出せばいい。
「大学と小学校の方に行ってくる。あっちにも探索者がいるし、まだ生きてる人がいるかもしれない」
「それなら……」
芽衣の言葉を遮るように天から影が下りた。
太陽を覆うのは一枚の板。
今地面ですすり泣く人々とはまた別、板の上にいるであろう大人数の話し声が聞こえる。
「その必要はない」
「今戻りました」
「カナリア! 琉希!」
音もなく地へ降り立った二人。
さほど時間を置かずに宙を舞っていた板が着地し、心神喪失した様子の数十人の姿が露わになった。
「小学校、それと大学の方の生存者を全員連れて来ました。周囲は探索したのですが、これ以上は……」
「合計五十三人だ。固まってモンスターに襲われているところをどうにか、な。傷に関しては取りあえずこいつが治療した、心の方は知らん」
彼らの姿は一人一人に差はあれど悲惨だ。
破け、千切れ、紅く染まった服。傷は治したという話の通り、そこはきっと治療された痕。
擦りむく程度ならまだしも、肉体の一部が欠損するなど日常で体験することはまずない。治ったからといってそのショックは計り知れず、魔法では心の傷までをも治すことは不可能だ。
だがしかし、彼女たちが連れてきた人々は皆一般人。
「……探索者の人たちは?」
「囮になった、と。小学校の方はあたしがたどり着く少し前、女性の双剣使いの方が最後に飛び出して、それからは……」
「そっか」
目頭がたまらないほどに熱くなり、握りしめた両拳が震える。
小学校方面には穂谷さん……私がダンジョンで倒れていた時、偶々拾ってくれた人も向かっていた。
大きな登山用のリュックをくれて、その後も時々会って会話やカフェに行ったこともある。
ああ、それに筋肉が開いた焼肉パーティでも会ったか。
彼女は……記憶違いでなければ双剣を使っていた。
そうか、最後まで戦ったんだな。
最後まで誰かを助けようとして、命まで投げ捨てたんだな。
……すごいな、本当に。
何も言えなかった。
人の死なんてそんなものだ。
死に目や死にに行く直前に出会って、心行くまで語り合うなんて早々にある訳じゃない。
知らぬ場所で知らぬうちにあっさりと死んでしまう、そして後になってからもっと話して置けばよかったと後悔する。
「――また、一緒に食事したかったな」
どうしようもなく暴れ狂う心を飲み込み、そっと手を上げ声を張る。
「戦える人はまず私の近くに。恐らく今後もモンスターの波状攻撃が見込まれます、数人のローテで見張りを立てながらの休憩をまず取りましょう。今後についても話し合いたいので、大学と小学校方面の食料や衣服の在庫について詳しい方は協会の職員である……」
ふと、気付いた。
園崎さんはいる。
だがあの無駄にお節介焼きで、私が何をするにも一々うるさいつんつん頭がどこにも見当たらない。
「――ウニ? ウニは?」
どこだ。
あいつはどこに行った?
胸がざわめく。
じりじりとした焦り、やはりあいつも
モンスターに襲われ死んだのなら誰かが私に言うはずだ。
姿はなく、しかし誰かに死んだことを悟られず、これが示すことはつまり……!
「悪いですなぁ、戦闘に注力していたものですから」
「ごめんなさい、私も馬場さんと同じだわ」
最悪の方向へと進みかけた思考も、二人の返答にどうにか留まる。
だが状況は依然として行方不明から変わらず、どちらにせよあまりいいとは言えない。
まともに会話が出来そうな人から話を聞いてみるも、その多くは姿すら見たことがないと首を振る。
当然か。自分の命すら安全と言えぬ環境、何処で誰が何をしていたか、なんてものを冷静に見ていられる人などそうはいない。
「途中までは私と一緒に避難指示をしてたわ、でもそれからは……」
最も知っている可能性が高い、姉の園崎さんですらこの調子。
「せめていつまで何処にいたとか……」
その時、両手で顔を覆い、崩れたブロックに座っていた一人の男性がぽつりと呟いた。
「……死んだんだろ。これだけ死んだんだ、どうせそいつもっ」
「なにすんだテメェ! 元と言えばアンタらがどうにかする力さえあれば、そいつだって死なずに済んだんだろ! 他の奴らだって知り合い家族死んでるのに、協会が気にするのはお仲間だけかよ!」
「貴方……っ!」
「……園崎さん、ダメだよ」
私に手首を握られてなお彼女は力を籠め続けたが、僅かにも動かせないことを察すると、唇を噛み締め肩を落とした。
彼女はあくまで職員だ。それでもその生まれ、そしてスキルを使える以上レベルだって多少は上がっているだろう。
力を思うが儘に振るえば、痛み分けなどという甘い結果に終わることはない。
それに私たちは人を守るためにこうやって戦ってきた。私たちが暴力に訴えたら、それはもう今まで私たちが、筋肉がしてきたことの一切が無駄になる。
なによりここにいる人たちの精神は限界だ。誰かが暴力に訴えればその瞬間に切れてしまう、折角助かったのにここから離れてしまえば何の意味もない。
「ぼ、ボク見たかも、その人。協会の服きてる人でしょ?」
だが、望んでいた言葉は、思ってもいない場所から飛んできた。
それは琉希とカナリアのつれてきた大学小学校方面の避難者、その中にすくりと立つ小さな男の子だ。
大人たちのピリピリとした雰囲気、そして何より目の前で起こった惨劇を見てなお、勇気を出し彼はすくりと手を上げていた。
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