第263話
少しずつ消滅の痕跡が消え、まるっきり無くなったところで呉島の足がぴたりと止まった。
「ここっすね」
からりとカリバーが倒れ込む。
ようやくたどり着いたのは、海の近くにある倉庫のような場所であった。
「うわ、ボロボロ……」
「海辺の建造物だ。つくられて時間も相当経っているようだし、元々耐久力が相当落ちていたのだろう」
つくられてからの時間もそうだが、これはそもそも使われてすらいなかったのではないだろうか。
所々の壁は地震の影響か、それとも元からなのか崩れ落ち、トタン屋根は錆びついて日光が差し込んでいるし、落ち葉やゴミが端っこの方に積もっている。
もう使われることもないであろうプラスチックの箱が悲し気にひっくり返っている。
いくら海の近くにあって錆びやすいと言っても、これは酷過ぎるだろう。
地震でぺっちゃんこになっていないのが奇跡だ。
「そろそろ時間なんで戻りますわ、すんません! あっちで備蓄食品の頒布してるんでもしよかったらどうぞ。団体名義ならある程度の量まとめて貰えるはずなんで」
腕時計を睨みながら呉島が背を向けた。
「呉島」
振り向いた彼へ、ぽいと『アイテムボックス』から取り出した深紅の小瓶を投げ渡す。
「ありがとう」
握り締めた彼の手から小さな輝きが零れる。
ポーションの中でも一番高い奴だ、地下の在庫から予備に数本貰ってきた。
忙しい中手伝ってくれたし、こうやって市民のため必死に働いている彼になら渡すのも惜しくはない。
それに話が本当なら、本来彼らの力になるはずの探索者は、ここら一帯にほとんど残っていない可能性がある。必然的に負担は大きくなるだろう。
「うおぉ……流石支部長。どうも、仲間内で薄めて飲みますわ」
「代理だけどね。そっちも頑張って」
そしてくるりと背を向け、岸辺の見回りへと戻ろう……とした彼であったが、ピタリと足を止め、再びこちらを振り向いた。
「ああ……協会は空っぽなんスけど、何やら契約締結してた安心院重工の使者が居座ってるみたいっすよ。協会関係者だと思われたら絡まれるかもしれないんで、もし行く気なら気を付けてください」
そういうと、今度は本当に背を向け立ち去った。
◇
「これはどうだ?」
「見たことない」
何処かから飛んできたゴミと共に、コンクリートの塊が雑に背後へ放られる。
彼のスキルが反応した。『剛力剛』、そして『遺品』という条件で絞られた場所がここ。
それはつまり、やはりここが筋肉の死んだ場所でもあるということ。
ここには何かがある。
彼の遺した何かが絶対にあって、しかしそれが何なのかが分からない。
「……どこだ」
腕を止め、ぐるりと倉庫の中を見回す。
途中で切られた電話、カナリア曰く誰かの追跡から逃れていた……つまり、ここで身を隠していた可能性が高い。
しかしその場所がばれ、恐らく電話を切った直後に彼は死亡した。
わざわざ電話先がバレない様にしたというのは、その時点で筋肉は瀕死の傷を負っていた……?
そもそも筋肉が死ななければ電話は取られない、つまり取られる可能性があると思うような状況。
そして彼はあの時、普段からは信じられないが、どこか弱弱しいことを口にしていた。
無意識のうちに耳へ指を這わせ、あの時聞いた言葉を思い出す。
『――すまない、全部俺が悪かったんだ』
とても小さな声だった。
海風の強烈な音に掻き消されてしまいそうなほど、か細く弱々しい独白。
普段の筋肉は絶対にそんなことを言わない。
弱り、瀕死の状態……ここで隠れるなら、一体何処に身を潜めるべき?
私なら……
私なら、きっと入り口近くの隅っこへと座るだろう。
入り口から入って来た相手の姿も確認できるし、高レベルのモンスター相手には脆いとはいえ壁が盾代わりにもなる。
「なんかここだけ物少ないね」
奥の方が当然風で吹き飛ばされてゴミが溜まりやすいとはいえ、今私が立つ一角は、横の同じ場所より明らかにゴミや石ころが少なかった。
ふと違和感から隅の壁へ手を伸ばし……
「――ここ、は……!?」
違和感に手を引っ込める。
まあ例外もあるかもしれないが、基本的に建築物の端というのは壁と壁が直角に交わっているはずだ。
私の目の前にあるこの隅も、一瞥しただけではそのように見える。
だが……
「違う……!」
再び手を押し当ててみればわかる。
この隅、直角より一層角が小さい。人差し指と薬指が中指へきつく押し付けられてしまうほどに。
長方形の探索許可証を押し付ければ、その一角の異常さはなおのこと明らかになった。
残りの三方へ駆け出し許可証を押し付けるも、やはりこの一角だけが異常に歪んでいる。
いや、正確にいうのなら建物の長方形が、この一角の角度を小さくすることで、それに合わせる様に残りの隅も歪んでいるようだ。
はっと足元を見た。
そこに刻まれていたのはやはり、まっすぐに引かれたどこか人工的にも見える線。
それは間違いなく、消滅が起こった痕で。
「ここ……だ……」
背中に冷たいものと、同時にお腹の奥底からふつふつと沸き上がるナニカ。
それは嘗て、初めて世界の消滅を理解したあの瞬間にも似ている、苛立ちや虚無感のごちゃ混ぜになった感情。
「ここで……」
――見つけた……見つけてしまった。
不愉快な歯ぎしりの音と共に物理と何かが千切れ、渇いた口の中に慣れた錆の臭いが広がる。
足に力が入らない。
そのまま壁を背に座り込むと、対面に積もったゴミが目に入る。
石ころ、小さなゴミ、何かの破片。
目立って多いものはすべて片手で握れるほどのサイズ。
「おい、なに休んで……どうした」
「――カナリア、あそこ探して」
顔をしかめてこちらへ寄って来たカナリアへ、対面の隅を指差す。
あそこの前に転がっている物はどれも、疲労困憊でも投げることが出来る程度の物ばかり。
そしてもう一方の入り口に近い隅には小石などが転がっているのに、こちらはやけに綺麗。
勿論消滅に巻き込まれて消えた可能性もあるが……もし、そうではないとすれば。
ここに座っていた誰かが手あたり次第に投げたとしたら。
――私の予想が正しければ。
「む……これは」
奥の方へカナリアが手を振り払うと、魔法陣と共に粗大ごみが宙へ浮かび上がる。
そして軽く上下に振り回されたゴミたちの隙間からポロリと零れ落ちた何かを彼女は拾い上げて、こちらへと掲げて見せた。
子供の手のひらでも十分に乗せられるほど小さな、黒いナニカ。
いや……
「――手帳だ、これはどうだ?」
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