第264話
不定期の更新やコメントへの返信が出来ていなくて本当に申し訳ないです。
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「ああ、言わんでもいい。これなんだな」
何も返せない。
彼女の手の上ではらり、はらりと白紙のページが捲られていく。
偶々か故意にか、手帳はトタンの壊れていない端の方ギリギリに投げ込まれており、一部が濡れた痕こそ残っているものの、中は比較的綺麗に保たれていた。
「何も残っていない……当然か。これが残っているだけでも幸運というべきかもしれん」
しかし彼が命を懸けて集めていたであろう記録は、そこに何一つない。
無常すぎる現実に唇を噛む。
「む……? おい、これは何か分かるか」
カナリアの指先が小さな紙面を押しては捲っていく中、最後の最後に突如として文字が現れた。
『これを拾った方はお手数ですが――』
続く文字は私たちが所属する支部の住所。
「女の人……かな、文字が丸っこいし」
しかし読みやすい文字でもある。
あまり筆跡がどうこう言えるほど詳しいわけではないが、文字の印象からそんなイメージを抱いた。
「ふむ……」
カナリアが顎に手を当てる。
「園崎、か?」
「可能性は高いと思う」
やはりかとの頷き。
私と彼女の意見が一致した。
手帳の最後に書かれている文字は恐らく園崎さんの物であろう。
本人がダンジョンの崩壊に巻き込まれて消滅したとき、同時にその記録や所持品……特に小物の類は消えてしまう。
勿論すべてが消えるわけではないし、特に土地などの大きな物は当然一部が削られようと大半は残る。
その条件は……
「内部に含まれる魔力の量と他人の記憶、かもしれん。魔力は当然比重に値するとして、複雑に他者の記憶が絡み合うほど、狭間からの引力に対抗できるのかもしれん」
カナリア曰く、こういうことらしい。
つまりそもそもの魔力が大きければ当然引きずり込まれにくいし、同時に他の記憶などと関わり繋がっているのなら、それが物に絡み付いて吸い込まれぬよう抵抗する。
この手帳に書き込まれていたであろう本人の文字は消えているが、消滅には当然巻き込まれていない園崎さんの文字が残り、それに引きずられる形でこの手帳自体の消滅……あるいは位置の移動が防がれたのかもしれない。
さらにいうのならそれも所詮は魔力の側面にすぎず、また他の条件などが複雑に絡んでもいるようだ。
まあ詳しい話は兎も角として、筋肉自身も完璧な理解こそ出来ていないものの、近しい認識があったのだろう。
それは全て……
「長年の経験って奴だろう、本人からしても神頼みに近いものだったのだろうがな」
ほら、貴様が探そうと言ったんだから持っておけ。
ぽん、と放られたその小さな手帳を、そっと『アイテムボックス』へ仕舞いこむ。
人の死、その証明というにはあまりに軽すぎる紙の束は、静かに虚空へと溶けていった。
これは園崎姉弟に渡そう。
ウニは忘れてしまっているが、しかし彼にとっても、筋肉の存在は決して小さなものではなかったはずだから。
「……どうする、帰るか?」
すくりと立ち上がったカナリアが視線を寄越すも、首を振って断る。
個人的には今すぐにでも帰り、この小さな手帳と共に静かな場所で考え事でもしたい気分だ。
喉につっかえるような、深い所から湧き上がる感情に自然と息が深くなる。少しでも気を抜いたら零れてしまいそうな何か。
「ごはんも持って帰らないといけないし、協会の方も見たい」
「先ほどの男が面倒事に絡まれると言っていたが?」
「カナリアだって気になるでしょ? それにもしかしたら何か情報が手に入るかもしれないし」
小さな手帳だ、しかし何もなかった先ほどまでと比べればこの発見はあまりに大きい。
恐らく敵は崩壊による消滅や時を戻す力で、想像以上に慢心しているんじゃないだろうか。
この手帳だってそうだ。筋肉という存在を倒したからとはいえ、本当に最高の警戒をしているのなら小さな動き一つだって見逃さないだろう。
その力は強大だが、同時に慢心をも生み出している。
この『碧空』の変化と合わせて、本部の人間が影も形もなく失せてしまったのは相当に計画的な行動だったのだろうし、足を運んでも無駄になる可能性は高い。
しかし何か掴めるかもしれないのなら、出来る限り確認はしておきたかった。
――絶対に止めないといけない。
いつの間にか勝手に震え出した手を、コートのポケットへ押し込む。
硬く握り締めようと合わせた指先がぬるりと滑った。
死ぬ、死ぬ、私が戦わないと、皆死ぬ。
勘違いや思い込みじゃない、全て現実。
これは、カナリアの手で創り上げられた深紅の剣を消費してしまった私の責任で……そしてなにより、私の大切な人を、物を、場所を守りたい、私の選んだ道でもある。
「ふん……ならさっさと行くぞ、戻ってからもまだまだすることはあるんだからな」
◇
「チームAは入り口を爆破後突入、Bは同時に二階の扉から……」
「帰るか」
「うん」
ヤバい。
なんかサングラス掛けた人がずらりと本部の入り口にいっぱいいる。
全員何かよく分からない武器と防具を付け、一糸乱れぬ姿で並ぶ姿は並みの状況ではない。
たとえば強化プラスチックの盾があったとして、レベルが万を超えた人間の前には紙に等しい。
私もそうだが、それ故容易に手に入る防具などはあまり意味をなさないし、基本的にはダンジョン内で手に入れた武器や壊れない専用武器による防御、そして何より回避がメインになる。
当然訓練された人間はレベル上げも行っているし、彼らもそうなのだろう。
要するに、そんなレベルの人間がわざわざ防具を付けているということは、レベルに見合った意味があるということ。
そして彼らは全く同じものを付けている、つまり専用やダンジョン内で落ちた装備ではなく量産品。
多分あの人たちは国の人間だ。
一般的に出回ってはいないものの、当然魔法の研究が進められる中でそういった武器や防具が作られているし、時としてそういった人々が映る映像は見たことがあった。
協会の中を探りたいとはいえ、ちょっと彼らの前で行動をするのは気が引ける。
うーん……、これは夜中辺りにもう一回来ようかな。
その時、突如として背後から肩を叩かれた。
「っ!?」
「あら、そのコート……貴女協会関係者ですの? 丁度いいですわね、少しばかり話……を……?」
女性だ。
変わった口調に、くるりと巻かれた艶やかな黒髪。
彼女がこちらの顔を見て、はっと目を見開く。
「あらあらあらあらあら! 久しぶりですわね! 話は聞いてますわよ、代理とはいえ素晴らしいことですわ! それに少し雰囲気変わりまして?」
どこかで聞いたことのあるような声に、はてと首を捻る。
そう、それは半年ほど前の事だった。
当時は知る由もなかったが、ママの身体を操るカナリアの言葉を聞き、半信半疑ながらも崩壊を止めようと奮闘した一週間。
しかし当然と言えば当然、あっという間に跳ね上がってしまったモンスターのレベルに追いつけず、あわや死にかけた時助けに来てくれた人が二人いた。
目の前に立つ彼女はそのうちの一人、警察官の……
「あ……あじたまさん……?」
「惜しい! 半分だけあってますわね!」
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