第203話
「よし、準備はいい?」
「はい、そっちも大丈夫ですか?」
琉希の問いに右手を上げることで答える。
レベル上げを続けるのか、或いはアリアを探すのか。
どちらにも利点があり同時に欠点も存在するが、今はやはり第一の目標を優先するべきだろう。
即ちアリアの捜索。
ダンジョン内で彼女が何かをしている、そう仮定した場合に立ち寄るであろう場所の候補は少ない。
例えば特定のダンジョンにのみ足を運んでいるならばまた別だが、いくつものダンジョンをめぐっているとすれば、ここでなければとダメと言えるような場所が目的ではないだろう。
全てのダンジョンに共通し、特異的な場所……つまりボスエリアがアリアの目的だと想像できる。
「な、何!?」
突如、遠くの空が激しく輝きだした。
多少は凹凸が確認できたはずの雪面。
しかしその強烈な光によって影すらも消し去られてしまい、天も地も、何もかもが光に染まってしまった。
新たなモンスターの襲撃か!?
そう思い、背を合わせ無言で構えていた私たち。
しかししばらくすると輝きにも慣れ、周囲を見回す余裕が生まれてくる。
「……なんですかねあれ?」
初めに声を上げたのは琉希であった。
彼女が構えていた方向の空へ、途方もない大きさの輝きが浮かんでいた。
「んー……? 魔法陣、的な?」
自分でも魔法陣とは言ったが、複数の円形が重なっている様にも見えただけで、それが明確に魔方陣だと言い切れる自信はない。
真っ白な空に真っ白な魔法陣とは、幾ら眩く輝いていようと見づらいにもほどがある。
ぐぐっと目を細め空を眺めるがイマイチどんなものなのか理解できない、ただ魔法陣っぽいなーという適当な感想だけであった。
うーん、なんだか点滅しているような……いや、ちょっとずつ光が強くなって……?
「……っ! フォリアちゃん! 顔を伏せて――」
「ほお゛っ!?」
極光が天を突いた。
ついでにガン見していた私の網膜も突いた。
「あびゃあああああああめがあああああああああ!?」
「ひ……『ヒール』!?」
強烈な光は例え目を閉じていても貫いてくると知ったのは、視力が回復する一分後の話であった。
.
.
.
「あー……」
「どうですか?」
「うん、もう大丈夫」
強烈な光で目を焼かれた痛みが未だに残っているような気すらする。
「あれ、多分
「ええ。一応モンスターの技かもしれませんけど……」
うっすらと考えていたことだが、琉希もそうだと頷くのならほぼ間違いないだろう。
ダンジョン内でモンスター同士が争い、捕食をしている可能性はある。
だがあれだけの巨大な魔法陣、いきなり空に浮かび上がったあれが狩りに使われたとするのなら、それは雪狐以上の強敵だ。
いや、そもそもそれだけ強いのならあんなもの使わなくたって普通に狩れるだろう。
「方向は……あっちか」
そんなものを使う必要がある可能性を持っている存在なんて、ただひとりだけだ。
アリア。
ママがあそこにいる、何かをしようとしていた。
未だ空に残り続ける燐光。
しかし既に事は為し終えたのだろう、先ほどまでの燦爛たる輝きは落ち着き、空に浮かぶ魔法陣自体もゆっくりと崩れ落ち始めている。
「行こう」
「はい」
流石の私でもあれを見て、ああ、アリアも作業を頑張っているんだなぁ、なんて暢気な感想を浮かべることはできない。
天を占める程デカい魔法陣だ、どう考えてもあれを作るためにアリアはここへ足を運んだのだろう。
要するにあの魔法陣が完成したということは、彼女の作業自体が終わった、目的を完遂したということに他ならない。
最終的にアリアもこのダンジョンから出るというのなら、入り口に待ち構えることも作戦の一つだろう。
しかし入り口近くで出会うということは、彼女に逃げる道を与えるということでもある。
彼女からすれば私たちとわざわざ話す必要がない以上、上手く誤魔化し一瞬の隙をついて外に出てしまえば、空間が制限されたこの狭いダンジョンと異なり、どこに行ったかなどを追うのはほぼ不可能。
この先に存在する彼女の目的すら分からないのだ。
ここに来て場所を突き止めたのですら運だったのに、その先の特定なんて出来るわけがないだろう。
ここで全てを終わらせるしかない。
ふと、雪と凍て付く外気に冷え切っているはずの掌が、やけに濡れていることに気付いた。
またか。
また私はこんなところにまで来て、覚悟も決められないのか。
小さく唇の端を噛むと、じんわりと鉄さびの香りが広がった。
ここまで冷静を保ってこれたのは、まだレベルが足りないと、戦いでレベルを上げなくてはいけないと誤魔化せたから。
いよいよ対面するとなって、私は今更恐怖を覚えたのだ。
それでも進むしかない、もうここまで来てしまったのだから。
全ては……
「後悔を無くすために……」
「何か言いました?」
「ううん、いこ」
◇
一直線に歩き続けた。
雪を掻き分け、雪を掻き分け、というか雪以外掻き分けるものもなかった。
歩くといっても十万レベルの探索者だ、雪程度大してなかったものとして歩き続けられるし、そもそもの速度が並ではない。
あっという間に私たちの背後には、雪へ深々とした跡が刻まれていった。
互いに声をかけ、振り返り、方向を間違えぬよう自分たちの跡を振り返る。
指を立て、雪の跡がまっすぐに刻まれているのを確認しながら歩いた先、真っ白な世界にポツンと小さな濃緑色が生まれた。
それは歩き続ける度次第に大きくなり、緻密なその外見も確認できるほどまでに近づいた頃。
森というには木々が少ない、ちょっとした林だ。
無数の木々が乱立する隙間、しかしそれだけではなく、かすかな光が溢れていることに気付く。
「――なにかいる……!」
「フォリアちゃん、準備を」
その光は大小
歩みが加速していく。
逸る気持ちが抑えきれない、もっと早く、はやく、そこに行かないといけないような気がして。
木々に覆われた森の地面は雪が薄く、先ほどまでの動きにくさはどこへやら、私たちの歩調はもはや唯の疾走へ変わっていた。
なんだよ、これ……
深々と刻まれた無数に走る何かの跡、燐光を残しゆっくりと点滅をしている。
円の中心に二人。
一人はコートを着込み、力なく倒れる金髪の女性。
そしてもう一人は同じく金髪を風に舞わせ、無言で立ち尽くす少女であった。
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