第202話

 沈黙の銀世界。


『――♪』


 微かだが静寂を破る様に流れ出したのは、流行りのポップな電子音。

 ありがちな歌詞、ありがちなメロディ。しかし陳腐だからこそ馴染みやすく、広い世代で人気が出るのだろうか。

 その下らない歌詞が三度繰り返された頃、遠方から音源に向かって立つ雪煙と共に巨影が姿を現した。


 雪狐だ。


 走ってはふと止まり、まるで人が何か疑問にでも思う時のように小首を傾げる。

 だが人が首を捻る事とは性質が異なり、雪狐のそれは疑問を表すのではなく特定の意。

 右と左、優れた聴力を十全に活用することで音の発生位置を特定し、狩るための技術だ。


 甲高い女性の声はたとえ雪の奥深くからでも広域に響く。


 一見すれば周囲と見た目も変わらないが、ほんのわずかにこんもりと盛り上がった場所があった。

 その一メートル、いや二メートルほど下から音が聞こえる。


 雪の中でもはっきり分かるほど、深紅の瞳がきゅうと狭められた。

 いつもの狩りだ。深い雪の下に穴を掘り、ここなら安全だと気を抜いた獲物に食いつくだけ。

 ただそれだけ。


 位置、深度、野生の勘は恐ろしいほどの精度で全てを察知してしまった・・・・・・狐が、雪を強く踏み込み……跳躍した。


 高い。

 不安定な足場もものともせず空を舞い、一本の槍と化した身体が雪へ深々と突き刺さる。

 獲物を狩る為の正確無比な一撃。


 遂に、人の指より太く、並みの剣先より鋭い牙が雪を抉り、雪の奥にいるはずの音源・・へ噛み付いた。



「行ってください」

「うい」



 その瞬間、上空から小さな影が純白の背中へ跳んだ。

 だが雪の奥に顔を突っ込み、何か硬いものを必死に噛み付いている雪狐が知る由もない。


 墜ちる。


 何かが風に煽られる音が大きくなり、漸くなにかが近づいてきていると察したのだろう、ゆっくりと雪の中から頭を引っこ抜いた雪狐。

 だがここらに己と敵となるようなものなど全くおらず、それ故逃げるつもりもなかった余裕が仇になった。



「『スカルクラッシュ』……っ、『アクセラレーション』!」



 耳奥に突き刺さる衝突音。


 剥き出しの後頭部にカリバーがめり込み、首の骨ごと何もかもをへし折っていく。

 獣が地面へ突っ伏すより速く振り抜かれた棒。

 軌道に沿って生まれた暴風が雪をえぐり取り、新たにクレーターを生み出す。


 ぐりんと目を剥き、モノクロに点滅する視界で雪狐が見たのは、己の毛皮に似た白いコートを羽織る、普段の獲物より断然小さな二本足の怪物であった。



『レベルが合計7028上昇しました』


「倒したよ」

「了解でーす」


 岩に乗り空から降りてきた琉希へ、ポイッと地面に転がっていたスマホを投げ渡す。

 彼女はそれを受け取ると、渋い顔をして纏わりついた涎をハンカチで拭い、ふぅ、と息を零した。


 弱点を狙わなくてはまともにダメージを与えられなかったのも過去の話、とはいえ時間にしてみれば僅か二時間ほど前だが。

 狐を狩る度跳ね上がるレベルとステータス、そして二種類のスキルによる連携は既にレベル二十万を超すモンスターであろうと、骨の上から叩き潰し容易く屠れる程度にまで成長した。


 琉希のスキルで破壊されなくなったスマホを雪に埋め、大音量で音楽を流す。

 その間私たちは岩に乗っかって上空に上がり、モンスターがやってくるまで息を潜めて待つ。

 最初聞いたときはまさかそう上手くいくのかと思ったが、上空は想像以上に風が強く、吐息などが紛れてしまうのは盲点だった。


 そしてホイホイ寄って来た狐を空から襲撃する。

 わざわざ広範囲を探索し動き回る狐を探さなくとも自分から寄ってくるのだから、こんなに簡単な狩もない。

 しいて言えば空は下よりも滅茶苦茶寒いのと、一度戦闘をする度大きな音が鳴ってしまうので近くの狐は逃げてしまうらしく、また別の場所で行わなければならないということだろう。



「『ステータス』」


―――――――――――――――――


結城 フォリア 15歳

LV 102834

HP 205670 MP 514175

物攻 205675 魔攻 0

耐久 617015 俊敏 719853


知力 29678 運 1



SP 180530


―――――――――――――――――


「大分レベルも上がってきましたね、あたし八万超えました」

「うん……でも上昇量も落ちて来た」


 二人厳しい顔で頷く。


 ニ十万レベルのモンスターだ、当然今でも一匹を倒すだけでの上昇量はすさまじいものがあるし、決して遅いなんて言えるものではない。

 私たち以外の人が聞けば耳を疑うだろう。たった一匹を倒すだけで一万だのとレベルが上がるなんて、それでも遅いなんて贅沢を言うなと。


 だが今の私たちには、それでももどかし・・・・かった。


 恐らくアリアはここに居る。

 しかしわざわざ中に入ったということは、目的を果たしいつかそこから離れるということでもある。

 勿論出来る限りダンジョンの入り口から距離を取らないようにしているし、人影が向かったかどうか見過ごさぬよう二人で監視してはいた。

 だがこうやってレベルを上げている間にもアリアは何かを進め、作業の終了に向かっているだろう。


 そろそろ、より高いレベルの敵を探す……?

 いや、もしこの狐が捕食者だとしたら、このダンジョンで最も強い雑魚はこいつらの可能性が高い。


「琉希、そろそろ……あれ? それ……」

「え? あっ、これは……」


 そろそろママを探そう、そう言おうと振り向いたときだった。


 彼女のベージュ色をしたコートが赤く染まっている。

 胸元から、ほんのわずかだがじんわりと、奥から何かが湧き出している。


 私が指を指したことで気付いたのだろう、ボタンを外し、ちらりと中へ視線を向けた彼女は不思議そうに小首を傾げた。


「あー、なにか怪我しちゃったみたいです」


 痛みなどはほとんどないのだろう、自分でもよく分かっていない様子だ。


「大丈夫?」

「ええ、もう黒い瘡蓋・・・・付いてるみたいですし、多分ちょっと剥がれちゃったんじゃないでしょうか! それにほら! 『ヒール』、ね?」


 相変わらず自信に溢れた顔で回復魔法を撃った彼女は、コートを再び着込むと、むん、と胸を張り、ふにゃっと笑った。


 きっと戦っている間にあらぬ方向へ飛んだ氷の欠片などがぶつかったのだろう。

 戦っているときは興奮が酷く、私自身多少の擦り傷などはあまり痛みを感じなくなる。


「そういうのなんだっけ、エンドウマメ?」

「エンドルフィンですか?」

「そう、それ」


 まあそういうので痛み感じないだけだろう。

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