第204話
地面に転がったママの周りには無数の魔石が転がり、その大半は魔力を搾り取られたのだろう、さらさらと塵になって空気に溶けていく。
「ママ!? ねえどうしたの!?」
私が叫び、地に倒れ伏す彼女へ駆け寄った瞬間、少女は酷く驚いた様子で飛び跳ね距離を取ると、木の裏に隠れ、訝し気な表情でこちらを覗いた。
「なんだ貴様か。
しかし少女は私の顔を見て何か納得するように頷き、きっと目つきも鋭く睨みつける。
こちとらコートや服を着込み、全身にカイロを貼り付け漸くまともに闊歩できるというのに、彼女はベージュ色の、薄いワンピース一枚、その上裸足で平然としていた。
雪と風の吹き荒れる極寒の地だ、たとえ木が多少それらを防いでくれるといったって限度がある。
何か警戒しているのだろう、ちらちらと木の影から現れては周囲を見回し、すぐに身を隠す彼女。
私と似た色、しかし腰ほどまである金髪の隙間から、一般的な人のそれと比べ長い耳が覗く。
こいつ……どこかで見たことがあるような……?
それにこの喋り方は何か、どこか引っかかりがある。
「お前は誰だ! ママに何をした!?」
「……アリアはもう要らん。貴様が来たのなら運ぶ手間も省けた、もう持って帰っていいぞ。私にはまだすることがある」
持って帰れ……?
人の母親を……まるで道具みたいに……!
鬱陶し気に手をひらひらと振る彼女。
そこに、私の質問へ答えようなどという意思は爪の先ほどもなく、早く私たちと別れたいという意思だけがあった。
「何様のつもりだよお前……!」
間違いない、こいつは何か知っている。
そもそも数年、或いは十年以上人が全く立ち寄っていなかったであろうダンジョンで、同じタイミングで同じ場所にいるなんてのがもう怪しさを醸し出している。
間違いなくこいつはママと一緒にここへ入り、何かをしていた。
先ほどの巨大な魔法陣もこいつが絡んでいるに違いない。
いや待て、
もし協力していたのなら、その口ぶりは妙だ。
これではまるで……ママを何か利用していたみたいじゃないか。
カリバーを握る手に力が籠る。
「フォリアちゃん」
「なに!?」
その時、後ろから手首を掴み、琉希が私に声を掛けてきた。
「冷静に行きましょう」
「――っ、……わかっ……てる……」
冷静、今必要なのは冷静だ。
ママ一人が何かを企んでいたとばかり思っていたが、まさか
彼女は一体何者なのか、ママの豹変と何か関わりがあるのか、気絶している彼女の代わりにそれを聞きだす必要がある。
激情を抑える様に黙り込んだ私の代わりに、琉希が前に出て声を張った。
「貴女の名前や目的を教えてください、アリアさんに何か手を出したんですか?」
「私が貴様らに言って何か利点があるのか? 無いだろ? 敵か味方も分からんような相手に時間をかけて、わざわざペラペラ事情を話すような蒙昧がいるか? もう少し考えて喋ったらどうだ間抜け。まあ、貴様は見るからに頭の緩そうな顔をしているから、そんなことも分からないんだろうがな」
「フォリアちゃん、あいつぶっ殺しましょう」
「え!?」
こちらに振り向いた琉希は、表情こそいつもと変わらない笑顔ながら、口角がとてもひくついていた。
「ん゛んっ、何も話すつもりはないんですね?」
「何度言ったら分かる? それとも一からバカ丁寧に説明しないと理解できないのか?」
「琉希、無駄。何も言うつもりないと思う」
気を取り直し彼女に話しかける琉希だが、最初から警戒しこちらに全く近寄ってこないあたり、彼女には最初から、私たちとやり取りするつもりなど毛頭ないのだろう。
事実、少女の右手は微かに光を帯びており、こちらが何かを仕掛けた瞬間攻撃をかまそうというのは目に見えていた。
「まずはボコそう」
「……ですね」
にじり寄る私と、ゆっくり後ろに下がる琉希。
話を聞かないなら、話をしたくなるくらいまで殴る。
かつてなら兎も角今の私に躊躇いはない。ママを利用し、何か下らないことを企んでいるような人間、幾らでも殴り倒してやる。
「……時間がないと言っているんだがな。だがその未熟で軽率な行動、
私たちのレベルは年齢と比べはっきり言って隔絶した差がある。
それ故か油断しているのだろう、少女は呆れたように首を振ると漸く木の裏からゆっくり姿を現した。
そしてゆっくりと手を上げ……
「殺しはせん」
「――《アクセラレーション》!」
振り下ろされる瞬間、彼女の動きが止まった。
彼女の指先が指す先は私。
恐らく武器を持つ私を優先して潰そうとしたのだろうが、今回はのんびり受けるつもりもない。
彼女の背後に回り込み、『アクセラレーション』を解除する。
「……ごめん、ちょっと痛いよっ! 『ストライク』!」
無防備な背後で、足元を狙っての横薙ぎ。
強化を一切していない一撃だが、そもそも今の私はレベル10万を超える探索者。
大岩を砕き、トラック程度なら吹き飛ばせるであろうこの攻撃、様子見としてはちょっと派手で過剰ですらある。
音より速く背後に回り込み、風を切っての一撃。
後ろに回ったことにすら気付いていない少女、これは貰ったと思った瞬間。
「――え?」
「強いな、年齢に似つかわしくない」
激しい衝突音。
何故か彼女は振りむいており、カリバーを素手で掴み上げ平然としていた。
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