第187話
「あ、フォリっちじゃん。やほやほ」
騒然とする夜の市街地。
一体何処から現れたんだと思うほどの人だかりが既にできており、壁を囲んでぐるりと円形上の、人による壁すら形成されてしまっている。
「芽衣も見に来てたんだ」
「そりゃね、家の前でこんなのあったら野次馬精神モリモリの森山直二朗でしょ! 記念で一緒に写真とる?」
人の来ないうちに既に随分と撮っていたらしい。
拡大して見せてもらった写真の中には真っ白の牙、何か爪のようなものも見える。
やはりこれは車なんかじゃなく生物、詳しいことは分からないが一般的に猛獣と言われる類の存在ではないだろうか?
今のところはピクリとも動かず、もしかしたら気絶か何かをしているのかもしれないが……もしモンスターなら早く処理しないと消滅が起こるかもしれない。
「いや……撮ってどうすんの?」
「当然SNSに上げるよ! これはいいね稼げるに違いないじゃん!」
「じゃあパスで。あんまり人に見られるの好きじゃないし……」
「ちぇー、ノリ悪いぞ! でもウチ一人で撮っちゃうから、撮っちゃうから!! いえーい!」
勝手に気を取り直して自撮りを始めた彼女。
「にしてもすごい匂いだね……頭痛くなってくる」
「どしたの? 蓄膿症?」
「いや違うけど……まあいいや、私ちょっと止めてくるね」
更に人がどんどん塊になっていく中へ飛び込み、右へ左へぐいぐい体を押し込む……が……
「人が多すぎて……んく、困ったな……」
冬なのに蒸し暑い。
いかんせんおしくらまんじゅう状態とでもいえばいいのか、一人を掻き分ければ横から二人ほど横入りして来る状態。
もっと力で押しのけたらいいのだろうが、あまり強くやり過ぎて誰かが転んだりしてしまうと、多分目も当てられないことになりそうだ。
困ったな……
「わ、ちょ……あびゃー」
結局ちょっと気を抜いた隙に人だかりからはじき出されてしまった。
「しょうがないなぁ……」
『アイテムボックス』から引っ張り出した白のコートを、わざとらしく広げて着込む。
本来彼のコートであるが、今は長らく協会の倉庫に放置されていた物を着ている扱いらしい。
来ている名目は変わっても、これは数少ない遺された彼の痕跡と言っていいだろう。
本当は目立って恥ずかしいから町中ではあんまり着たくないけど……四の五の言ってる暇もないよね。
「すみません、協会の者です。熊とかモンスターかもしれないので、もう少し下がっていてください。あー、道も開けてください!」
薄暗い夜でも少しの光で目立つ白いコートは効果てきめん。
荒仕事と言えば協会くらいの偏見もあって、私の姿に気付いた人からどんどん退いていき、また熱心に見物する人を小突くなどしてその場からどかせてくれた。
遠巻きに人々が眺める中、『アイテムボックス』から取り出したカリバー片手にゆっくりと近づく。
うーん、やっぱり警察呼んだ方が良いのかな。
取りあえずすぐ抑えられる距離には入れたし、ここなら他の人に飛び掛かるより前に私が動くことはできる。
後ろで眺める人たちに振り向き、緊急通報を頼もうとした瞬間であった。
『おおっ!?』
どよめきが起こった。
先ほどまで微動だにしなかった黒い塊が大きく黄色い瞳を見開き、ぴくぴくと鼻……らしき部分を蠢かせている。
右へ左で、匂いを嗅ぎ何かを探しているようにも見えたそれは、一人目前に立つ私を見つけた瞬間、真っ黒な瞳孔をキュウ、と縦長に狭め……
「ああ……これはちょっと、町中に居ちゃダメな奴だ」
一直線に私へ飛び掛かってきた。
街灯に煌めく爪。
真っ直ぐに私の頭上へ振り下ろされた巨大な前腕。
カリバーを横に構え受け止めるが、凄まじい衝撃にコンクリートがひび割れ、破片が飛び散った。
「私がモンスターは対処するので皆さん逃げて! 芽衣! 人の避難誘導お願い!」
「うィっす! 協会の方は安全だ! 落ち着いて逃げろおおおおおおおおおおお! キャー! キャー! ウチについてきてこおおおおおい!! ひゃっほおおおおお! こっちだぞおおおおお!」
どこかふざけているようにも感じる芽衣の誘導。
しかし彼女が叫び、先行して走ることにより流れが生まれたようで、皆そこまで焦ることなくまとまって奥へと逃げていく。
「よっ……こいしょお!」
誰もいない道の奥へ獣ごとカリバーを薙ぎ払う。
奴は恐ろしいほど身軽に空中を舞い、何事もなかったかのようにコンクリートの上へと着地した。
この力、速度、間違いなく野生の動物ではないだろう。
もしモンスターだとしたら手早く処理をしなくては、『消滅』が起こってしまえば私にもどうしようもない。
だが一つ引っかかるところがあった。
『ミ゛ィ!』
「くっ、『ステップ』」
再度飛び掛かってきた獣。
空を舞う奴の腹を潜り抜け、いつ消滅が起こるのか冷や冷やしながら距離を取る。
もしこいつがダンジョンから逃げ出したモンスターだとしたら、何故先ほど人を襲わなかった?
そもそもダンジョンから逃げ出したのなら他にも無数にモンスターがいるはず、一体そいつらはどこへ行ったのか。
喧騒は先ほどいた人々以外から聞こえなかった。もし町中にモンスターが溢れていたら消滅が起こるとはいえ、その前に誰も騒がないのは異常だ。
「よっ、はっ!」
足元を刈り取る前腕、上へ避けた私を叩き潰そうと振られる尻尾。
跳ね、転がり、時にはカリバーで防いでは距離を取り続ける。
勢いも力も野生の動物と比べれば圧倒的だ。
だが今まで戦ってきたモンスターと並べるのなら、レベルは数千あればいい所だろう。
勿論それでも一般人からしてみれば脅威以外の何物でもなく、今も暴れまわる度にその爪が電柱やコンクリート、アスファルトに深い痕を残していた。
『ふ゛に゛ゃ゛っ!』
目の前に振り下ろされた爪を紙一重で避ける。
だが、何か違和感があった。
何かは分からない、口で言えない違和感だ。
得体のしれない気持ち悪さ、それが私の攻撃を躊躇わせていた。
これは……何かを知っている……?
私は何かを知っているはず。
こんな黒くて小型車くらいある巨大な毛玉、今までどこでも見たことなんてないはず、一度見たら絶対に忘れないはず。
でも私はこいつを知っている。
「……だめだ、思い出せない」
鳴き声らしきものを聞くたび、何かと噛み合いそうな一瞬がすれ違っていく。
爪を避け、尻尾を避け、相手の間合いを避ける。
攻撃を避ける度私たちは場所をゆっくりと移動していき、最後にたどり着いたのは明かりも消え、誰一人おらず物静かな協会の前であった。
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