第186話

 筋肉が消え、どうしようもなく世界が終わりへと向かっていく。

 格好よくここで私が全てを背負う、世界を救ってやるなんて言い切れるなら良いが、今のところ私にはどうにもできそうにない。


「私が頑張らないと……」


 夜のとばりが落ちた道、コンビニ袋を握りしめて呟いた。


 彼が消えた日から数日。

 今日も近所にあるFランクダンジョンの崩壊を手早く片付け、彼がいつも戦いの後に伝えていた言葉を猿真似した。


『もっと探索者が増えて欲しい、そして皆の身を守るため素早い避難を』


 でも私は知っている、この言葉がどんなに空虚なものかを。


 Aや人類未踏破ラインの一つでも崩壊してしまえば、たとえどんな素晴らしい人物が語り、鼓舞し、戦おうと圧倒的な力の前にねじ伏され、溢れ出したモンスターによって国一つ容易く消えてしまう。

 いや、Aだけじゃない。BだろうがCだろうが崩壊してしまえば現状この国、或いはこの世界にいる探索者に抵抗するすべなんてない。


 きっと昔はもっと強い人がいたのだろう、でも皆巻き込まれて消えてしまった。

 筋肉のようにあっさりと、誰にも知られることなく。


 現状協会が出す戦術は『最も強い者を向かわせ、迅速な収束を図る』という、単純明快なもの。

 一見素晴らしく効果的だし、実際世界の消滅を知らない人からすればその悉くが成功、100%の解決を図っているのだろう。


 だが知ってしまった今、それはどれだけ時間が残されているかもわからぬ中、失敗した瞬間にどんな強い人物ですら必ず死んでしまう悪意の時限式爆弾に感じられる。


 でも戦うしかない。

 それでもまだこの世界には無数に人がいて、何も知らずに毎日を必死に生きている。

 どうせ無駄なのにと頭の片隅で叫ぶ私をねじ伏せて、抗いようのない終わりが遠くでちらつくのに怯えて、それでも、もう少しだけ未来が見たくてダンジョンへ足を運ぶ。


 そういえばネットカフェに泊まっていた時、サメ映画をいくつか見たことがあった。

 空を飛んだり地面を泳いだり首が三つくらいあったり、サメについて深く考えさせられる作品が多かったが、大体なんか凄そうな博士が最初に危険を叫ぶのだ。


 周りから狂人扱いされ、それでも危険を伝え続ける。


 あの博士はもの凄い勇気があったんだな、と、今更しみじみと考えてしまった。

 私もちょっと探りついでに以前ウニへ話してみたが、本気で頭がおかしい人を見る目で、今日は帰った方が良いなんて言われてしまった事がある。

 知り合いだからあの程度の反応だったが、もし民衆へ叫んでも誰も信じてくれないだろうし、間違いなく無駄だと理解できた。


「あはは……はぁ……」


 誰もおらず、物寂し気に佇む街灯が照らす薄暗い帰り道、人目がないとはいえついてしまったため息を切って歩く。


 サメ映画なんて凄まじく下らない内容をしていて、誰でも笑う明るいことを思い出そうとしても、結局全部今私の背中に乗っかる重しへと繋がって行ってしまう。


 ようやく見えてきた古い建造物。

 軋む階段を踏み付け歩きたどり着いた我が家には、まだ新しい、小さな木製のネームプレートが掛けられていた。


「ただいま」

「ああ……お帰りなさい……」

「無理しないで寝てて。ママの分のおかゆ買ってきたし、私の分はカップ麺で済ますから」

「ごめんなさいね……」

「元気になったらまたおいしいの作ってよ、今の分までさ」


 寝込んでいたママが無理に私を迎えようとしてくるので、軽く手を振って制止する。


 そう、悪いことは重なるというべきか、ママの体調がここ数日悪化している。

 だるくあまり活発に動けないようで、ちょっと前までは元気にあちこち行ったりしていたのに、今は食事をして寝るのがやっと。

 私もなるべく彼女の横についていてあげたいのだが、今日ばかりは流石にダンジョンの崩壊が起こりそうということで、仕方なしに家を離れていた。


 家に帰ってくると物が動かされていたり・・・・・・・・・・、どこか動いた様子はあるのだが、しかし本人には記憶がないらしい。

 多分お手御洗いだとかフラフラしてぶつかってしまったのだろう。


 お医者さんに連れて行ったが原因も分からず、恐らく環境やストレスなどから来る疲労じゃないかとのこと。


 きっと表には出していないが、この前の一件で相当彼女に負担を掛けてしまったのだろう。

 私のせいだ。私がもっと早く口にしていれば、ずっと気付いていて見ないふりをしてきたからだ。


「ん……? 何だこの匂い……」


 レトルトのパックをお湯に放り込んでいた時、ほんのわずかに漂う甘い匂いに気付いた。

 多分鼻が詰まっていたら分からない。でもなんだか頭をじん、と痺れさせるというか、そのつもりはなくても妙に魅かれるような匂いだ。


 家の中かと思ったがそんなわけがない。

 やけに気を引くのが気持ち悪くて換気扇を回し、キッチンの横についている窓を開いた瞬間、わずかではあるがその匂いが強くなる。


 これは……


「外かな……?」


 お香という奴だろうか。

 この手の物はあまり使ったことがないが、もしかしたら隣に住む芽衣が炊いているのかもしれない。



 ドンッ!



「ひゃああ!?」


 ひょいと外を覗いた瞬間、突如としてやってきた爆音と衝撃波。

 完全に気が抜けていた私は情けない声を上げ、驚愕に思い切り首をはね上げてしまった。


 がっぽりと凹むアルミのサッシ、砕けるガラス。


 なんてことだ、まだここに入ってから半年も経っていないのに、早速とんでもなく大きな破壊をしてしまった。

 明日謝ってお金払いに行かないと……


 ちょっとだけ痛む頭をさすりながら、一体何が起こったのかともう一度外を覗く。


「車……? え、事故とか?」


 街灯の下、真っ黒で大きな何かが崩れたブロック塀の中に埋まっている。

 サイズは丁度近くに停車されている小型の乗用車程度。一瞬は車かと思ったが、よくよく見て見れば全体的に丸みを帯びていて有機的だ。

 一体なんだあれは。


 辺り一帯も騒音に気付いたのか、暗くなっていた窓などに明かりがともったり、遠くでちらちらとライトか何かが揺れ始めた。

 何があったのか分からないが直に人が集まってくるだろう。


「ごめん、ちょっと見てくるね」

「ええ……気を付けて」


 まあちょっとした野次馬精神という奴だ。

 事故で人が車の中にいるとかなら、多分私がいた方がいいだろうし。

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