第133話
「やりたいことってのはもしかして……」
本当に、あまりに遅すぎる後悔ね。でも生き延びてしまったからこそ気付いた、気付くことが出来たのかもしれないわ。
全ては言わずとも伝わって来た。
コクリと大麦若葉は顎を引き、膝の上で拳を固く握りしめる。
そこまで言うのならもう十分だ、もう無駄にあれこれ言う必要もない。
正直恨みもかすれてしまっているし、さっさと終わらせてしまおう。
「じゃあこれ口に含んで、まだ飲み込まないでね」
「ポーション? でももう傷は……いや、分かったわ……
パキ……
口にポーションの小瓶を咥え、ちょっと間抜けな顔でこちらを見る大麦若葉。
一体何をするのか、私が何をしようとしているのかさっぱり分からないが取りあえず従っておこうという顔だ。
はっきり言ってしまうと私には彼女が、どうせ何もされないだろうという甘い考えの下『好きにしろ』といったのか、それとも心の底から構わないと願っているのか分からない。
見た感じでは本当に思っていそうだが、人が嘘をついているかどうかの見分け方なんて知らないし、ひょっとしたら彼女の演技にあっさり騙されているだけなのかもしれない。
苦手なのだ、場の空気だとか人の感情を読むのが昔から。
気を付けても何度も騙されてきたし、何度も失敗してあとから後悔することばかり。
だからどっちでもいい手段を選ぶ。
正直結構私自身も覚悟がいるけど。
「目は瞑っておいた方が良い」
「え?」
小さな忠告。
私より断然レベルが低い相手、間違っても殺してしまわないよう細心の注意を払って拳を握る。
怖い。
モンスターじゃない、殴り合いの喧嘩でもない、さっき自分が守った人を、戦う気のない相手を前に力を振るうことへの忌避感。
そうか、私は容易く誰かを殺してしまえる力を持っているんだなって、あまりに今更過ぎる認識が頭へべったりと張りついた。
「ふう――――ドラァッ!」
「ふげぇッ!? あ、ががっ、あひぃっ!?」
彼女の下あごへ突き刺さる拳。
歯が、顎骨が、メキミチと手の上で砕けていくのが伝わる。
口や鼻から血を吹き大きくぶっ飛んでいく姿は、まるで扇風機の前に放り込まれた一枚のティッシュより哀れな姿。
地面にぶつかり、二度、三度と転がった後、びくびくと激しい痙攣に手足を藻掻かせる。
人を殴ってしまった。
殴った衝撃で砕けたポーションがある、直に傷も完治するだろう。
長いことムカつき、一度ははったおしてやろうと思っていた奴を殴ったというのに、不思議とこれっぽっちも清々しい気分にはならなかった。
気に食わない相手ではあるが、人を平然と見捨てていたろくでもない相手ではあるが、痛みに顔を抑え悶える姿を見ても何一つ楽しくならない。
それどころかイライラとした吐き出せない澱が胸に一層積もる、どこまでも最低最悪の気分だ。
全然違うじゃないか。
スマホの無料で読めるマンガじゃ、何もできない人を殴ることは最高にスカッとする行為だって笑いながら言っていたのに。
また騙された。
殺すのは簡単。
あのトカゲに全く抵抗も出来ていなかった彼女、そもそも私とほぼ同時期に探索者となったとしたら、きっとレベルは1万すらも超えているか怪しいだろう。
加速した世界で叩き潰して証拠を隠滅することなんて朝飯前だし、仮に彼女が死んだところで同じ探索者だ、モンスターにでもやられたのだと、誰も疑問に持つことすらなく彼女の存在は時の流れへ消えていくに違いない。
だが。
「これは仲直りの握手の代わり、最初の件については全部ミミズに流す」
「ふげっ……ぎょぉ……」
「今はまだボスが倒されてないから校舎にいると良い。中に他のモンスターが侵入してきたりしたら抵抗するか私に電話して、番号は渡しておく。これから私と筋肉……一緒にここへ来た人がボス倒しに行くから」
ってもまあ本人も既に理解しているだろうけど。
既に短剣の装備を終え、校舎へ向かう準備をしている。
どうやらさっき言ったことは嘘ではなかったようで、手を差し出しても怯える様子はなくまっすぐにこちらを見ていた。
昔の私がそうだった。殴られるのが恐ろしくてその場しのぎの嘘を吐くとき、人は手を差し出されたりしたらびくっと震え構えてしまうものだ。
勿論私にもう殴る意思はない。
さっきの一撃で全部終わったし、大麦若葉自身終わったと理解したからこそ手が向かってきても、怯え構える必要がなかった。
しなくちゃいけないことがある。
そう彼女は言っていた、何をする気かははっきり断定できるわけではないが私でも何となくわかる。
きっと自分がしたことを後悔しているのなら、間違ったことをしたと思っているのならするべきことはたった一つ、子供だって直ぐに思い出せること。
ただ、思うとやるのとはまったく違う。
自分が犯した罪を、そうだと認めて頭を下げることのなんと難しいことだろうか。
罪が大きれば大きいほど、内心で認めていれば認めているほど、喉は引き攣り、目は現実を直視することから逸れようと逃げ惑う。
もし彼女が本気で今までしたことを後悔し、贖罪をするというのなら私はそれを応援するし、手伝っても構わない。
「ん?」
妙だ。
喉に小骨が引っかかったような違和感。
何か、何かを見逃している。それが何なのかが思い浮かばない。きっと大麦若葉についてのことなのに、彼女の何がこんなに引っかかるのかが分からない。
何かが足りない……?
疑問は大きく加速していく。
小さな小骨はいつしか胸を貫く大きな杭に。冷や汗が次から次へと吹き上がり、心臓が五月蠅いほどに高鳴っている。
ショートの黒髪を靡かせる彼女の両脇へ、妙に視線が誘導された。
「そうだっ、三人!」
「え? 誰の事?」
「居たでしょ! 私と一緒に探索した三人が! 貴女と、あと二人男が! チャラそうな奴が居たでしょ! あいつらはどこ!?」
「痛い痛い! 落ち着いて! 離して!」
甲高い悲鳴にハッと意識を取り直し、いつの間にか強く握りしめてしまったらしい彼女の肩を離す。
そうだ、いたはずだ。
もう声や顔も、どんな装備だったかも覚えていないが確かにいたはずなんだ。
まさか忘れたなんて言わせない。私をほっぽッて裏でレベル上げをしていたはずだし、最初からあの三人は一緒にいたのだから恐らく知り合いなのだろう。
なのに何故。
「……ごめんなさい、本当に分からないの。私と貴方は二人でダンジョンに潜ったはずよ、そんな二人は覚えていないわ」
何故か彼女は本当に、何一つ
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