第134話

「……ごめんなさい、本当に分からないの。私と貴方は二人でダンジョンに潜ったはずよ、そんな二人は知らない・・・・わ」


 心底分からないといった表情を浮かべ、首を捻る彼女。

 むしろおまえは一体何を言っているのだと言わんばかりの態度で、なぜか聞いているこちらがおかしいかのように振舞いだした。


 何言ってるんだこいつ。


「あんまりバカにしてると怒る、もうポーションはないし今度は痛いと思う」

「正直に言ってるのに!?」


 すっとぼけている様には見えない、まさか本気で全部忘れているのか? とんだ薄情者じゃないか。

 見直し、一からのやり直しでも頑張るのかとちょっと応援していた自分がバカみたいだ。


 人の性格はそう簡単には変わらないのか。


「はぁ……もういい、貴女に少しでも期待した私がバカだった。校舎にでも行ってて、モンスターが出たら電話してくれればいいから」


 必死に違うと言い張るその姿すらこちらをコケにしているように見える。

 次第にもういい、面倒だという感情が上回ってきたため、どうせ何も言うつもりはないのならと、手を払い彼女を校舎へ行くよう促す。


 あまりに全く話がかみ合わないせいだろうか、先ほどから酷く頭痛・・がする。


 もしかしてさっきのパンチで頭おかしくなっちゃったとか……?


 ポーションで治ったと思ったけれど、脳みそに致命的なダメージでも入ってしまって記憶が飛んでしまったのかもしれない。

 もしそうだとしたら私のせいだ。連絡先は入手したし戦いが終わったら、一応ポーションでも渡しに行くべきだろうか。



「はぁ……」


 『県立鹿鳴かなり小学校』


 入り口に貼り付けられたご立派なプレートに書かれた変わった名前を流し見しつつ、モヤモヤとした気分のまま敷地から出る。


 筋肉からの連絡はない。

 いい加減ここへ来るはずだと思うのだが、もしかしたら何かモンスターに手を焼いていてここへ近づけないのだろうか。

 彼ほどの存在が、果たして崩壊によってレベルが大きく上がっているとはいえ、Dランク程度のモンスターにそこまで時間をかけるとも思えないのだが。


 もしかしたら他の生存者と会って護衛でもしているのかも。


 その時、突然ポケットの中のスマホが軽快な曲を流した。

 筋肉かと思いいそいそと取り出してみれば、なんとさっき登録したばかりの大麦若葉からの連絡。


 何か忘れたものでもあったのだろうか。


「ん、もしもし」

『屋上にモンスターがっ!? 助けて!』

「――!?」


 はっと振り向けば1,2……4匹も。

 あちらこちらから顔を覗かせて、中には既に校舎の上まで登っているモノもいる。

 どうやら学校の周りに広がる森で姿が隠れていたらしい、鱗の色も灰色であまり目立たないのが迷彩にでもなったか。


 あのトカゲ、まだあんなに沢山いたの!?

 音なんて全くしなかった、普通あんな巨体が校舎の上まで登ろうと思ったら、結構な音がしてしかるべきなのに!

 一々入り口から階段を上ってなんてやっていられない、ちょっと危ないけど『アクセラレーション』で一気に上まで跳んでしまおう。


「『アクセ……もう! もしもし!?」


 しかし足に力を入れた瞬間、片手に握ったスマホがまた激しく震え出した。

 着信相手は筋肉。先ほどまでは早く電話してくれないか、なんて思っていた相手が、今はこんなに鬱陶しく感じてしまう。


 こんな時に連続して電話なんて!


「今忙しい! 学校にトカゲがいっぱい来る、はやくこっち来て!」

『こっちも大量のモンスターに追われてる、危険すぎて合流は出来ん!』

「筋肉ならこの程度のレベルすぐに倒せるでしょ! 一撃で行けるじゃん!」

『違う! 戦うな! 今すぐに逃げろッ!』


 逃げろだと?

 何バカなこと言ってるのだあの筋肉ハゲダルマは、この状況をほっぽっていられるほど私は暢気な人間じゃない。

 それとも私には倒せないと侮っているのか? 一匹や二匹程度、多少の負傷を覚悟すればどうとでもなる。


 トカゲはまだ大きく動いてはいない、フラフラとその場にとどまりあの不気味な動きを繰り返していた。

 しかし妙だ、目の錯覚か、それとも太陽に照らされているだけなのか。不思議と私から見て少し鱗が輝いている気がする。

 先ほどは何も魔法を使ってこなかったが、もしかしたらあの個体がたまたま使わなかっただけで、何か隠し玉を持っている可能性もあるか。


 早くいかないと。


 屋上に化け物が登っていることに気付いたのだろう、ここからでも聞こえる悲鳴と混乱の入り混じった金切り声が、急げ急げと心を掻き毟る。

 何も考えず三階から飛び降りて動けなくなる人、子供を抱いた人を突き倒す人、倒れた人を踏み潰し、怒鳴り、我先に学校から飛び出そうとして入り口で詰まっている姿はあまりに見ていられない。


 これじゃモンスターに殺される以前の問題だ。

 こぶしを握り締め、足の回転を限界まで早めながら顔の横にあるスマホへ叫ぶ。


「今校舎が大騒ぎになってるっ! 皆怖がってる、大麦一人じゃあれには勝てない!」

『この町に校舎は存在しない・・・・・ッ! 森の奥でもどこへでもいい、出来る限り遠くまで逃げろ!』

「はぁ!?」


 筋肉といい大麦といいさっきから何を言っているんだ本当に、意味不明すぎてこっちまで頭がどうにかなりそうだ。

 全く話がかみ合わない、今からインドに行って身振り手振りで会話した方がまだ話が通じる気がする。


 本当に支離滅裂な話を繰り返しているからか、だんだん先ほどより頭痛が酷くなってきた。


「話にならないし電話切るから! もう私一人で戦う! 筋肉今日ずっとへんだよ、脳みそに髪の毛でも絡んでるんじゃないの!? 何バカなこと言ってんの!? 今目の前にあるから言ってるんで……しょ……?」




 嘘……だよね……?




 確かにさっきまであったはずなのに、古ぼけてはいるけど立派な校舎が。

 所々落書きや泥に汚れてはいたけれど、突然どこかへぴょいっと飛んでいくわけもないはずなのに。


『おい結城! 結城聞こえてるか! おい!』


「なんにも……ない……?」


 校舎も、屋上へ上がっていたトカゲもいない。グラウンドも、鉄棒も、学校にあってしかるべきものが、染みや影の一つだって存在しなかった。

 小さな空間、小さな家一軒がギリギリ入るかどうかといった空き地。


 中心にただ一本のソメイヨシノだけが風に吹かれ、物悲し気に葉擦れを奏でていた。

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