第132話

「怪我大丈夫?」

「え、ええもう治ったわ。貴女からもらったポーションのおかげね」


 大丈夫だと手を突き出し、必死に私から離れようとする女性。

 しかし顔はうつむいているし、声は震え、腰も抜けてしまっているようでまともに立つことすらできていない。

 どう見ても大丈夫じゃない、何かを見られない様に隠しているようだ。


 もしかしたらまだ怪我しているのかも。


 今はトカゲ一匹で済んだがまだモンスターはいるはず。ボスを倒すまで現状が落ち着くことはないし、ちょっとした怪我も放置するのはあまり好ましくないだろう。

 せめて何か処置をして置いた方がよさそうだ、痛みで行動が鈍ったりするのも危険だし。

 幸いすぐ目の前が校舎となっていて、救急箱だとかなにか応急処置できるものも揃っているだろう、なんなら保健の先生に頼めばいい。


「もしかして顔怪我してる? ポーション一本じゃ足りなかった? ちょっと見せて」

「あっ、いやっ、本当に大丈夫……で……」


 無駄にこちらの手を抑えてくるがレベルが違う。

 さっと振り払って顔をくいっとこちらへ向かせ、前髪を払いのけた先にあった顔は―― 


「なっ、おっ、お前……!?」


 名前なんだっけ……!?


 ものすごい既視感のある顔だった。

 友人や知り合いなんて優しいものじゃない。私が探索者を志した時に声をかけてきた三人の一人、いつか顔面を殴ろうと当時は決意していた存在だ。


 やっぱり名前思い出せない!

 何だっけ……なんだっけ……おお、大麦若葉?


 暫し驚いている様に固まり必死に思い出そうと思っていたが、とんと出てきそうにない。

 半年前にちょろっと探索しただけの相手なんて名前をはっきり覚えているわけがない。腹の中にマグマのごとく滾っていた怒りも、日々の忙しさに飲み込まれて大分薄れてしまった。


 正直あの時より恐怖を覚えることも結構あったから、今思うとそこまで大したことじゃない気もしてくる。

 いや待て、殺されかけたのはやはり問題ではないだろうか。

 

「お前はおおむぎ」

「――やっぱり覚えているのよね。ええ、若葉よ、大西若葉」


 あ、そうそう、大西若葉!


 確かこいつに私は足を切りつけられ動けなくなり、オークにこの頭をカチ割られてしまったのだ。

 結果的に強力なスキルを手に入れることが出来たとはいえ、その行為自体が全て清算されるわけじゃない。


 あれ? なんかまたムカついてきたぞ?


「ごめんなさい!」

「ん?」


 思いもよらぬ会遇に結構困惑しつつも、そういえばと思い出してみればなかなかムカついてきたところで、突然彼女がその場に膝と頭を擦り付け謝り出した。


「本当に反省してる?」

「……ええ、本当に。自分でもどうしようもなく歯止めが利かないまま繰り返してきて、けどさっき校舎にいる人々から見捨てられて改めて突き付けられたわ」


 うつむいた彼女の頬から、手のひらに透明で小さな水滴が垂れた。


 心変わり、か? それとも何かされるのに怯えての演技?

 しれっと繰り返してたって吐いてるし。


 校舎へちらりと視線を向けると成程、彼女の言う通りこちらをずっと見ていたであろう人々が窓へ張り付いている。

 確かに誰も出てこなかった。彼女や、追って私が一人で戦っている人間がいるというのに、あんな近くで観察しておきながら声の一つすらも掛けなかった。


 別に助けが欲しかったわけでもないし、レベル三万はあるモンスターの前へ一般人がしゃしゃり出てきても困るのは事実だ。

 だがきっとそういった配慮なんかじゃ決してない。勝てるわけがないという恐怖に足がすくみ、しかし好奇心だけは隠しきれずに窓から覗いていたのだろう。


 よくあることだ。

 目の前で轢かれた人がいるというのにその惨劇写真や動画へ収めることに熱心で、誰一人としてその手に握られたスマホで救急車を呼びもせず、何か手当をするわけでもない。

 私が虐められていても、関係ない、巻き込まれるのが嫌だと何もせず背を向ける。


 見て見ぬふり。


 気持ち悪いが私にもそれを咎める権利はない、きっと気付いていないだけで無意識に似たようなことはしているから。

 罪じゃない、時としてそれはこの社会に生きる上で必要なことなのだ。


「そっか」

「ええ、本当に……いえ、謝っても許してもらえるとも思ってないわ。けれど言わせてもらいたい、ごめんなさい」


 再び地へ額を擦り付け、ピクリともせずその体制で土下座をし続ける大西。

 どうにも居心地が悪く、立たせようと軽く引っ張るがびくともしない、全身に根っこが生えたようだ。


 彼女はその体勢のまま太もものホルダーからすらりと一本の短剣を引き抜き、目の前の地面へ深々と突き刺した。


「なんならあなたの気が済むまでこの短剣でめった刺しにしてもいい、指を切れと言われたら切るわ。目でも、髪でも、両足でも何でも持って行ってもらって構わない」


 一気に吐き切るように伝えられた言葉からは、本当にそうされても構わないという意思が感じられた。


 確かにポーションを飲めば大概の傷は治る。だが欠損レベルまで直すならそれ相応の物が必要だ、その傷の前に並大抵な金額の物では痛み止め程度にしかならないだろう。 

 それに当然痛みだって伴う。どこまでレベルが上がったって私たちは人間だ、頑丈にはなっても骨が折れれば当然吐き気を催すほどの激痛だし、肉が抉れれば視界が点滅し思考が深紅に染まるほど苦しい。


 果たして手術で必ず治るから大丈夫だと言われて何人が、ギュインギュインとがなりたてるチェーンソーへ躊躇なく手足を突っ込めるか?


 彼女は知っている、やろうと思えば探索者はどんなことでも出来ることを。

 その上で私にやれと言っているのだ。


「でも!」

「ん?」

「――でも、どうか殺さないでください……! どうしても私にはやらなくてはいけないことがあります、いや、出来たんです!」


 ふむ。

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